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【13:00】「夢風ひろば」で奈良発祥のうどんや釜飯を味わう
【16:00】全国にある春日神社の総本社「春日大社」を見学!
奈良は 京都 とともに超定番の観光地です。
修学旅行などで訪れた経験がある方が多いと思います。
この地は、歴史の教科書に出てくる有名な神社・仏閣が数多く存在する場所です。
また「古都奈良の文化財」と「法隆寺地域の仏教建築物」および「紀伊山地の霊場と参詣道」はユネスコの世界遺産に登録されております。
これは全国の都道府県の中では最多、日本が世界に誇る大切な文化財の宝庫でもあるのです。
こればかりでなく「国宝建造物」も日本最多、64件71棟が指定されております。
古墳などの「特別史跡」も10件、これも日本最多の指定数です。
これほどまでに豊富な文化財に恵まれながら、奈良県は近畿圏のなかでも地味な存在になっていることは否定できません。
平安京遷都(794年)により、都が京都に移って以来、1200年以上日本の中心から遠ざかっているのも原因のひとつかもしれません。
それでは奈良県の地理について具体的に説明しましょう。
奈良県は近畿地方に属し、紀伊半島の内陸部に位置している内陸県です。
その面積は狭く、日本全国の都道府県のなかで8番目に小さな県であります(内陸県では1番)。
大阪府とは北に隣接しており、アクセスのよいために県内の多くの自治体が大阪都市圏に属しています。
可住地面積(総面積から林野面積と主要湖沼面積を引いたもの)は全国最下位で、住民の9割以上が北西部の奈良盆地に集中しています。
気候は典型的な盆地気候であり、夏は暑く冬は寒い傾向にあります。
県内の主要産業は、豊富な観光資源に恵まれていることもあって観光業が一番盛んですが、柿や茶など農業も発達しております。
奈良県の古い呼び名は「大和(やまと)」、かつてこの一帯は大和の国とよばれていました。
大和民族、大和撫子、大和魂・・・など大和とは即ち、日本の別名でもあるほど、日本人のDNAに深く刻まれております。
その意味でも、奈良県は日本民族の故郷ともいえる場所なのかもしれません。
【やまとは くにのまほろば たたなづく おあがき やまごもれる やまとしうるはし】
日本武尊が詠んだとされる上記の歌は、「大和は我が国の中で一番良いところ、幾重にも重なりあった青い垣根のような山に囲まれた大和はほんとうに麗しい」との意味。
まさに死を迎えようとしている日本武尊が、故郷である奈良の美しさを称えたこの歌は、当時の奈良の美しさを今に伝えています。
ちなみに「奈良」という地名の由来、古代朝鮮語がルーツであるという説も根強くありますが、最近では、その平坦な地形が均(なら)したようにみえるから名付けられたという説が有力となっています。
奈良への旅行をより満喫するためには、この地の悠久の歴史を知っておく必要があります。
説明が長くなってしまいますが、奈良の魅力を充分に理解していただきたいと思っております。
日本という「国家」がいつ頃誕生したのかについては定かではありませんが、ヤマト王権が現在の奈良の地で成立して、国家の原形を造ったのがはじまりとされています。
古事記などの記述によると、初代天皇とされる神武天皇が九州の高千穂(宮崎県)より大和に向けて東征を行い、この地で即位(紀元前660年)、国家を成立させたといわれています。
建国記念日は、この伝承が元になっております。
神武天皇から数代の天皇は、神話の世界のため信憑性には欠けますが、10代天皇とされる崇神天皇の時代にヤマト王権が成立したという説が有力です。
いずれにしても日本の歴史区分からすれば、弥生時代後期から古墳時代にかけての時期が該当します。
その後、飛鳥に都が移り、飛鳥時代(592年-710年)を迎えると、古代日本の政治・文化が一挙に花開きます。
聖徳太子が摂政となり、政治を行うようになると、「遣隋使」「十七条憲法」「冠位十二階」など政治改革を進め、天皇中心の中央集権化が加速します。
太子の保護のもと、仏教も盛んになり、日本最古の木造建築物とされる「法隆寺」が造られたのも、この時代です。
太子の死後、専横を極めた蘇我入鹿が、中大兄皇子・藤原鎌足らによって滅ばされた「大化の改新」によって、皇室中心の政治改革が推し進められます。
元号が初めて使われたのは、この頃です。
やがて中大兄皇子こと天智天皇亡き跡の跡目争い「壬申の乱」を経て、天武・持統朝を迎えます。
この間、都は奈良県内の各所を転々としましたが、天武・持統天皇時代もまた政治・文化は発展した時期です。
「大宝律令」の発布をはじめ、地方行政および税制改革も進められました。
持統天皇が遷都した「藤原京」は日本初の本格的な都城となりました。
高松塚古墳やキトラ古墳の壁画や、薬師寺の薬師三尊像など「白鳳文化」が隆盛した時代です。
のちに編纂される「万葉集」には、この時代に活躍した柿本人麻呂や額田王、大津皇子らの和歌が収録されているなど、文芸も盛んでした。
和同3年(710年)、元明天皇によって、都が藤原京から「平城京」に遷都されました。
現在の奈良市を中心とする辺りです。
途中で短期間、別の場所に都が移されたことがありましたが、延暦13年(794年)に京都の平安京に移るまでの84年間が奈良時代とよばれています。
平城京は、当時の中国王朝・唐の都である長安を模倣して造営された都であり、碁盤の目のような大路から成っていました。
この時代の特徴としては、仏教による鎮護国家政策により、多くの寺社が造営されました。
特に聖武天皇の時代には東大寺をはじめ、全国に国分寺・国分尼寺が建立され、国家鎮護のための祈祷などが盛んに行われていたのです。
また遣唐使を通じて、中国大陸のみならず、シルクロードを通じて遥かインドや西アジアなどの文化も流入してきました。
当時の奈良の都は国際都市でもあり、その影響は正倉院の宝物からも推測できます。
こうした国際化した仏教文化は「天平文化」として開花しました。
唐招提寺金堂や興福寺阿修羅像、東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)、正倉院工芸などは代表的な例です。
『古事記』『日本書紀』や『風土記』などが編纂されたのもこの時代です。
古代からの和歌を収録した『万葉集』も、この時期に編纂され、山上憶良や大伴家持など著名な歌人が活躍していました。
【青丹よし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり】
(奈良の都は咲く花が美しく照り映えるように、今が真っ盛りのようだ)
大宰少貳小野老が歌ったといわれる上記の歌も万葉集に収録されています。
この「青丹よし」は奈良に対する枕詞であり、奈良で産出された青土という、良質な顔料な由来だとされています。
こうして繁栄を極めた奈良時代も後半は政争が絶えず、挙句に弓削道鏡なる怪僧が政治に関与するなど国は乱れました。
そして延暦13年(794年)桓武天皇により、京都の平安京に遷都されることになったのです。
原因として
など、様々な要因があるといわれていますが、いすれにしても奈良時代の終焉によって、奈良は日本の中心としての地位を失っていったのです。
都が京都に移って以降、この地が歴史の表舞台に登場することは少なくなりました。
しかし、平安京遷都の原因のひとつでもあった寺社勢力の力は依然として強いままで、時の政権は、この地を支配するのに手を焼いていたようです。
再び、奈良県の地が歴史に登場するのは南北朝時代、舞台は南部の吉野地域でした。
鎌倉幕府滅亡後の「建武の新政」で、時の後醍醐天皇と足利尊氏が対立し、尊氏が京都で新天皇を抱いて「北朝」による室町幕府を開きました。
それに対して後醍醐天皇側は、吉野に都を移し(南朝)、この対立は60年近く続いたのです。
戦国時代になって、この地を支配したのは僧兵あがりの筒井順慶、織田信長の配下として大和郡山を拠点としました。
この筒井順慶、知名度がいまひとつですが、「元の木阿弥」「洞ヶ峠を決め込む」の故事のモデルになった人です。
筒井氏のあと、この地は豊臣秀吉の弟、豊臣秀長が支配、その後の江戸時代も目立つことはありませんでした。
明治期になって、一時期大阪府に編入された時期もありましたが。明治20年(1887年)に再び「奈良県」として再出発したのです。
内陸県のため海がなく、有名なテーマパークもない奈良の観光は、やはり飛鳥~奈良時代の史蹟・神社仏閣巡りが中心となります。
こうした古代のノスタルジアを感じされる観光スポットに魅了され、外国人観光客も含めて年間約4000万人もの人が訪れております。
京都や大阪からのアクセスも良好なため、日帰りで訪れる観光客が多いようです。
そのため多くの観光客が、京都・大阪経由で奈良県へ入県することになります。
奈良の観光は、基本的にオールシーズン楽しめます。
しかし神社・仏閣の境内を含め春の桜、秋の紅葉が素晴らしい場所が多いので、この時期に訪れるのが一番かもしれません。
吉野山の桜は全国的にも有名です。
奈良市を中心とした奈良エリアは、当県観光の目玉スポットが満載な場所です。
1200年以上昔の奈良時代には、日本の首都として繁栄し、当時の面影が残る観光スポットが多く残っております。
市民の憩いの場所である奈良公園には、野生のシカに出会えて心が和むことでしょう。
この奈良公園周辺には、東大寺をはじめ有名な神社・仏閣が集中してあります。
当時の栄華を復元した平城京跡も見逃せません。
このエリアの多くは、ユネスコ世界遺産「古都奈良の文化財」を構成しています。
奈良に行ったら絶対に外せない地域です。
奈良観光のゲートウェイともいうべき奈良公園。
総面積はおよそ660ヘクタール(東西約4キロ・南北約2キロ)に及ぶ広大な公園です。
この公園の敷地内には若草山をはじめ、東大寺・春日大社・興福寺など多くの有名な観光スポットが存在しています。
まさに奈良観光の顔、日本を代表する観光地なのです。
一年を通して様々なイベントが開催されており、また春の桜や秋の紅葉の時期も多くの観光客で賑わっております。
奈良公園といえば鹿、公園の敷地内には約1200頭の鹿が生息しています。
実はこの鹿たち、所有者のいない野生動物であり、国の天然記念物にも指定されているのです。
野生の鹿のわりに人を恐れないばかりか、逆に人懐っこい個体もいて、観光客と一緒に記念撮影に応じたりして…公園のマスコット的存在です。
なぜ奈良公園に鹿がいるのでしょうか?
奈良公園内に春日大社という由緒ある神社があります。
鹿は、この春日大社の神様の使いだといわれているのです。
伝説によれば、春日大社創建の際、茨城県の鹿島神宮の祭神・建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)が神鹿に乗って当地にやってきたといわれています。
そのため昔から手厚く保護されてきたのです。
奈良のシンボルとして、鹿はお土産にかかせない存在にもなっています。
猿沢池は、奈良公園内にある周囲360mの人工池です。
興福寺の「放生会」儀式を行う放生池として、奈良時代の天平21年(749年)に作られた歴史ある池なのです。
放生会とは、万物の生命をいつくしみ、捕らえられた生き物を野に放つ宗教儀式といわれています。
この池の水面に、ほとりにある興福寺五重塔と柳が映る光景は「猿沢池月」とよばれ、古来から南都八景のひとつとなっています。
猿沢池には七不思議の伝説があります。
また帝の寵愛を失って、失意のうちに入水した采女の悲話に因んだ「采女神社」が畔に祀られています。
住所 : 奈良市登大路町30
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄奈良駅下車 徒歩5分
JR奈良駅下車 徒歩20分
電話番号 : 0742-27-8036・8677(奈良県県土マネジメントまちづくり推進局部奈良公園室)
定休日 : なし
公式URL : 奈良公園
※奈良公園の観光関連記事: 鹿だけじゃない!奈良観光で外せない奈良公園の見どころと周辺のおすすめスポット
奈良公園の敷地内に所在する春日大社は、前述のように鹿と深いつながりのある神社です。
平城京が遷都された和銅3年(710年)に時の権力者・藤原不比等により建立されました。
藤原氏(中臣氏)の氏神であった建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)を遥か鹿島の地から招き、春日の御蓋山にて祀ったのが始まりとされています。
そして、神護景雲2年(768年)に称徳天皇の勅命により、左大臣・藤原永手によって現在の地に社殿が造営されました。
この時、千葉の香取神宮から経津主命、大阪の枚岡神社から天児屋根命・比売神を招き、合わせて合祀することになったのです。
これらの神様は、国家の繁栄と秩序・国民の幸せ祈願にご利益があるとされています。
春日大社もユネスコ世界遺産に登録されております。
住所 : 奈良市春日野町160
マップ: Googleマップ
アクセス : JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良交通バスで春日大社本殿行き「春日大社本殿」下車すぐ
電話番号 : 0742-22-7788
定休日 : 公式HP参照
営業時間 :
夏期(4月-9月)6:00-18:00
冬季(10月-3月)6:30-17:00
※本殿前特別参拝 8:30-16:00
料金 : 本殿前特別参拝 初穂料500円(国宝殿、萬葉植物園は別途入館料・各500円)
公式URL : 春日大社
興福寺も奈良公園内にある名刹です。
奈良仏教である南都六宗のひとつで、法相宗の大本山に位置付けられます。
この寺も藤原氏とのゆかりが深く、前身は飛鳥時代に建立された山階寺に遡ります。
天智天皇8年(669年)藤原鎌足の病治癒を祈願して、妻の鏡王女によって建立されました。
この寺が平城京遷都に伴い現在の地に移転、興福寺と名付けられたのです。
奈良時代より絶大な勢力を誇り、平安の頃は事実上の大和一国の国主とされたほどでした。
この状態は、鎌倉・室町時代を通じて継続されました。
五重塔は高さ50mもあり、猿沢池の水面に映る光景は「猿沢池月」とよばれて絶景です。
興福寺は「阿修羅像」をはじめ、多くの国宝を所有しており見どころ満載のスポットです。
住所 : 奈良市登大路町48
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄奈良駅から徒歩5分
JR奈良駅から奈良交通バス(市内循環外回り)「県庁前」下車すぐ
電話番号 : 0742-22-7755
定休日 : 年中無休
営業時間 : 9:00-17:00(入館は16:45まで)
料金 :
拝観料:大人(一般・大学生)600円 学生(中高生)500円 小人(小学生)200円
国宝館・東金堂共通券:大人(一般・大学生)800円 学生(中高生)600円 小人(小学生)250円
公式URL : 興福寺
東大寺も奈良公園敷地内にあります。
東大寺は奈良仏教・南都六宗のひとつ、華厳宗の総本山で、全国に存在する「国分寺」の中心を成しています。
大仏殿や南大門、金剛力士像など国宝がずらりと存在し、ユネスコ世界遺産「古都奈良の文化財」を構成しています。
東大寺は、大仏ばかりでなく、見ごたえある建造物に恵まれた観光スポットなのです。
まずは、東大寺の歴史を簡単にご紹介します。
奈良時代は、仏教による鎮護国家を目指した時代だったため、とりわけ国家安寧のため寺院が多く建立されました。
この時代は華やかさとは裏腹に、旱魃・政変・天然痘の流行などの災難が続く悲惨な時代でもあったのです。
東大寺の前身は、神亀5年(728年)に若草山山麓に建立された「金鐘寺」とされています。
この年、聖武天皇は待望の皇太子を産まれてすぐに失い、その菩提を弔うために当寺を建立したのです。
その後天平13年(741年)に全国に国分寺建立の詔を発せられ、金鐘寺は大和の国の国分寺となったのです。
そして大仏鋳造が始まった天平19年(747年)頃から「東大寺」の寺号が使われるようになったといわれています。
やがて、興福寺などと同様に大きな勢力を保つようになり、平安期には多くの僧兵を抱えて強訴を行うなど畏怖される存在でもありました。
しかし平安後期以降、焼き討ちや戦乱、火災などにより多くの伽藍を失ってしまいました。
大仏殿をはじめ、伽藍の多くは、江戸時代等に再建されたものが多くなっています。
奈良の大仏は正式には盧舎那仏像とよばれ、東大寺大仏殿(金堂)に祀られております。
現在、大仏は国宝に指定されていますが、奈良時代に造られたものではなく、のちに再建されたものです。
しかし台座・両腕の袖等は建造当時のままで、僅かに当時の面影を偲ばせています。
大仏の像の高さは、約15mとなっていて、決して高い方ではありませんが、その知名度と格式は鎌倉・高徳院の大仏と双璧となっております。
奈良の大仏の建造は、聖武天皇が深く帰依していた経典「華厳経」の理念のもと、国家安寧を鎮護する目的で始まった一大プロジェクトでした。
当時としても難工事を極め、天平19年(747年)から開始され、完成したのは5年後の天平勝宝4年(752年)でした。
実際の工事には、僧・行基をはじめ約260万人が携わり、建造費は大仏殿を含め現在の価格で4657億円と算出されています。
皮肉にも、この工事は国内経済を圧迫し、「橘奈良麻呂の乱」を皮切りに長い政争を起こすきっかけとなったのでした。
大仏殿の正式名称は「東大寺金堂」です。
大きさは、正面の幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さは49.1mあります。
東大寺の伽藍のなかで最大の建物であり、中央部に位置しています。
大仏殿の建造は、大仏鋳造が終わったあとに開始され、天平宝字2年(758年)に完成しました。
この大仏殿も、大仏と一緒に過去に2度の戦火で焼失する憂き目にあっております。
1度目は、治承4年(1181年)の平重衡による南都焼き討ちで、2度目は戦国期の永禄10年(1567年)の松永久秀による焼き討ちでした。
現在の建物は、江戸期の宝永6年(1709年)に再建され、高さと奥行きは創建当時とほぼ一緒ですが、幅は約3分2とやや狭くなっています。
大仏殿の内部に、大仏の鼻の穴と同じ大きさといわれる穴の開いた柱があり、この穴を通り抜けられればご利益があるとされています。
この大仏殿も国宝に指定されています。
東大寺の入り口、大仏殿から直線距離にある南大門は門の高さが25mもある、日本最大の山門です。
創建当時の門は、平安期に台風で倒壊しましたが、鎌倉期の建仁3年(1203年)に再建竣工しました。
この南大門の見どころは、再建時に一緒に竣工した仁王像「金剛力士像」です。
高さが8.4mもある巨大な木像で、鎌倉期最高の仏師・運慶によって、わずか69日で作られたといわれています。
門から向かって右側が「吽」、左側が「阿」…まさに阿吽(あうん)の呼吸で迫力満点です。
南大門も金剛力士像も国宝に指定されています。
住所 : 奈良市雑司町406-1
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄奈良駅から市内循環バス「大仏殿春日神社前」下車5分
近鉄奈良駅から徒歩20分
電話番号 : 0742-22-5511(代表)
営業時間 :
11-2月 8:00-16:30 3月 8:00-17:00
4-9月 7:30-17:30 10月 7:30-17:00
料金 :
中学生以上 600円
小学生 300円
公式URL : 東大寺
※東大寺の観光関連記事: 奈良の大仏で知られる世界遺産・東大寺。1200年以上の歴史と魅力を徹底解説!
今からおよそ1300年前、84年間に渡った奈良時代期の首都・平城京。
その平城京の北端に位置し、天皇の住まいであった内裏など当時の政治・経済の中心をなしていたのが平常宮です。
広さは、東西1.25km、約120ヘクタールにおよび、周囲は5mの大垣が張り巡らされていたといわれています。
唐の長安の都をモデルに、碁盤の目のように大路を整備した当時の都は非常に整然とした都市だったといわれています。
しかし長岡京、その後の平安京に都が移るに及んで、次第に農地化し、やがて地中に埋もれていったのです。
この「埋もれた都・平城京」の研究・保存する活動は、江戸時代の末期から現在に至るまで地道に進められ、その全貌が次第に明らかになりつつあります。
朱雀門や東院庭園復元され、平城京遷都1300年にあたった平成22年(2010年)には、9年の歳月をかけた第一次大極殿の復元工事も完了しました。
現在平城宮跡は「国営平城宮跡歴史公園」として整備されています。
その広さは甲子園球場の30倍にも匹敵する広さです。
構内にある遺構展示館では、発掘した遺構を真近で観察することができます。
さらに嬉しいことに、この平城宮跡の復元建造物・遺構展示館・資料館はすべて無料で見学することができるのです。
正面約44m、側面約20m、高さ約27mの威風を聳える大極殿は、平城宮最大の宮殿でした。
当時、天皇即位式や外国使節の面会など非常に重要な役割を果たした場所です。
その門の前に立つと、1300年の時を経ても厳かな気分に浸れます。
平城宮の正門に当たります。
外国使節の送迎や歌会、時には天皇の新年参賀にも利用されました。
平成10年(1998年)に復元されました。
ここは皇太子の宮殿があった場所です。
他に例をみない東側の張り出し部が特徴です。
南東端に東西60m、南北60mの池があり、その中央に位置しています。
池の西側には建物付属の露台が設置されており、橋がかけられています。
この優雅な庭園は、日本の庭園文化の原形ともいうべき貴重なものです。
この東院庭園もほぼ完璧な形で復元され、当時の皇室の優雅な生活を偲ぶことができます。
住所 : 奈良市佐紀伊町
マップ: Googleマップ
アクセス : 近鉄大和西大寺駅下車 徒歩10分
電話番号 : 0742-30-6753
営業時間 : 9:00-16:30(入館締切16:00)
料金 : 無料
公式URL : 平城宮跡
奈良エリアに位置する名刹、新薬師寺も見どころがたくさんあります。
新薬師寺は天平時代(747年)に建てられた華厳宗の寺院で、奈良時代には南都十大寺のひとつでした。
もともと聖武天皇の病気平癒を祈って建立された寺院ですから、本尊は「薬師如来坐像」(国宝)です。
往時は七堂伽藍が聳える壮大な寺院でしたが、平安時代の暴風で倒壊し現在の姿に至ります。
倒壊する前の金堂には七軀の薬師如来が祀られており、現在の奈良教育大学内に位置していました。
規模は縮小しましたが、枯淡とした美しい寺には現在も多くの人が訪れ、特に薬師如来の目が美しいことから眼病平癒のための参拝も多くなされています。
また、本堂の薬師如来だけでなく「おたま地蔵尊」や「景清地蔵尊」、後述する「十二神将立像」(国宝)が安置されています。
毎年一月八日と四月八日には「薬師悔過」という法要も行われ、人々の祈りが捧げられています。
新薬師寺の本堂には、本尊の「薬師如来坐像」、「十二神将立像」が安置されています。
いずれも国宝の仏像、十二神将像です。
「薬師如来坐像」は病気を治癒し寿命を延ばすことで人々を救う如来です。
薬壺を持った特徴的な姿の仏像は多くの寺院で目にすることができますので、ご存じの方も多いことでしょう。
また、こちらの寺院の薬師如来は美しい目が特徴的でもあります。
一方「十二神将立像」とは聞き慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、薬師如来の眷属であり奈良時代に多く作られた塑像です。
彼らは天部の神々であり、薬師如来や薬師経を信仰する者を守護するとされています。
ほかの寺院でも目にすることがある十二神将像ですが、新薬師寺のものは特に有名でしょう。
躍動感のある立ち姿が魅力的ですが、なぜ十二体もいるのかと疑問が浮かんできますよね。
実は、十二神将は薬師如来の十二の大願に応じ、方位などを守護すると考えられています。
十二の方位、というところから十二支とも結び付けられ、それぞれが司る干支も決まっているのです。
新薬師寺で「十二神将立像」を見る際は、自分の干支を守護する立像をぜひチェックしてみてくださいね。
それぞれの個性を彷彿とさせるユニークなポーズも魅力的ですので、きっととても楽しめることでしょう。
住所:奈良県奈良市高畑町1352
マップ: Googleマップ
アクセス:
JR・近鉄「奈良駅」からバスで10分
市内循環バス「破石町」から徒歩で10分
電話番号:0742-22-3736
営業時間:9:00-17:00
料金:
個人
大人・大学生 600円
高校生・中学生 350円
小学生 150円
団体割引(30名以上)
大人・大学生 550円
高校生・中学生 300円
小学生 120円
唐招提寺と言えば鑑真和上。
金堂、講堂、鼓楼など多くの国宝指定の建物がある唐招提寺は、「古都奈良の文化財」の構成寺院として世界遺産登録されています。
井上靖の歴史小説「天平の甍(いらか)」で、鑑真和上と唐招提寺の物語を知った方や、興味を持った方も多いのではないでしょうか。
唐に生まれた鑑真和上は、14歳で出家し各地で修行を積んだ後故郷に戻り、江南第一の大師と称されました。
天保元年(742年)に遣唐使船で唐を訪れていた留学僧の栄叡、普照から朝廷の伝戒の師としての招請を受けて渡日を決意します。
ところが、その後の12年間で5度の渡航を試みるも失敗、視力を失いつつも6度目にやっと来日を果たしたのです。
時は天平勝宝5年(753年)になっていました。
来日後の5年を、戒壇院での授戒を制度として確立するために東大寺で過ごしました。
鑑真和上は、朝廷から仏教行政の最高指導者である「大僧都」に任命され、聖武天皇をはじめとする440名に国内初の授戒を行っています。
その後、朝廷の思惑と対立する事になった鑑真和上は、追われる形で東大寺を後にします。
既に70歳となり、海を渡って唐へ戻る体力はなく、この地にとどまることを余儀なくされました。
そんな境遇を知った心ある人から新田部親王の旧宅地を下賜され、天平宝字3年(759年)に戒律を学ぶ人たちのために道場を開きました。
これが、唐招提寺の前身である「唐律招提」です。
鑑真和上の私寺として始まった唐律招提は、やがて鑑真和上を支持する人々から居室や宿舎を寄贈され、食堂や講義用の講堂、そして本尊を安置する仮の金堂などが建てられ、鑑真和上を慕う人々が次々と寺にやって来ました。
また、飢えに苦しむ人や身寄りのない老人や孤児の世話を積極的に行い、福祉施設となる「悲田院」を設立しています。
鑑真和上は、天平宝字7年(763年)、西に向かって座禅をした姿のまま75歳の生涯を終えました。
彼の没後、金堂や東塔が建立され、平安時代初頭には伽藍全体が完成し、その頃に「唐律招提」から「唐招提寺」と変えられました。
美しい屋根を持つ金堂は天平文化の粋と言われ、堂内には盧舎那仏坐像、千手観音立像、薬師如来立像の国宝仏3体が安置されています。
唐招提寺を訪れた際には、ぜひ境内の一番奥にある「鑑真和上御廟」で手を合わせてくださいね。
住所 :奈良県奈良市五条町13-46
マップ: Googleマップ
アクセス :JR奈良駅、近鉄奈良駅、近鉄西ノ京駅 六条山行バス17分「唐招提寺」下車すぐ、近鉄西ノ京駅から徒歩10分
電話番号 :0742-33-7900
定休日 :無休
営業時間 :8:30-17:00(入門締め切り16:30)
料金 :
個人
大人・大学生 600円
高校生・中学生 400円
小学生 200円
公式URL : 唐招提寺
1895年開館の「奈良国立博物館」は、「東京国立博物館」に次いで日本で2番目に古い歴史を持つ博物館です。
毎年秋に行われる「正倉院展」は、県内外から多くの人が訪れることで知られています。
奈良公園の一角にあり、春日大社、興福寺、東大寺と隣接しているので、合わせて観光するのに便利です。
奈良で最初の本格的な洋風建築で、建物自体が国の重要文化財に指定されています。
館内展示は「東新館」「西新館」「青銅器館」「なら仏像館」「地下回廊」からなり、特に人気が高いのは国宝や重要文化財が一堂に会する「なら仏像館」です。
13の展示室は年代別や種類、サイズ別に国宝や重要文化財指定されている貴重な仏像がずらりと並び圧巻です。
仏像に興味はあるけど良くわからない、もっと詳しく知りたいという方は、常駐している(10:00-16:00)ボランティアガイドさんに色々と尋ねてみましょう。
また、ボランティアガイドさんによる無料ガイドツアーも毎日11:00からと、12:30からの2回行われており、展示物を見ながら詳しく解説してくれるのでおすすめです。
住所 :奈良県奈良市登大路町50
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄奈良駅より徒歩約15分
市内循環バス外回り(2番)「氷室神社・国立博物館」下車すぐ
電話番号 :050-5542-8600(ハローダイヤル)
定休日 :毎週月曜日(休日の場合はその翌日。連休の場合は終了後の翌日)、1月1日
営業時間 :9:30-17:00(入館は16:30まで)
料金 :一般520円 大学生260円 高校生、18歳未満は無料
公式URL : 奈良国立博物館
元興寺は国宝であり、世界遺産にも指定されています。
南都七大寺の一つに指定されていて、蘇我馬子が飛鳥時代に建立。
元興寺の敷地内には沢山の建物が建てられていて、本殿以外にも禅室と五重小塔は国宝に定められています。
東門は重要文化財登録もされていて、歴史的にも非常に重要なお寺です。
春・夏・秋と特別展などの催しも行っているので、時期を見て参拝するのも趣があって良いですよ。
本堂は禅室と同じ建物となっていますが、まず目に入るのは正面にある本堂です。
息をのむほど迫力のある本堂で、本来奇数に設計される柱の数が偶数であることにも注目!
屋根瓦には、行基瓦という行基僧侶が考案した瓦を採用。
本瓦よりも製法は簡単なものですが、日本人の好みには合わなかったようで幅広く普及した瓦というわけではありません。
採用しているのは元興寺本殿と禅室が一番有名とされています。
本堂も奥の禅室も広いため、周りを歩くだけでもかなり距離があります。
どんな場所でも絵になりますが、全体像を写真に収める場合はかなり距離を取って撮影するのがおすすめです!
五重小塔は、もともと小塔院という寺院にあったものです。
小塔院とは五重小塔を置くことを目的として、聖武天皇の妃の光明皇后が発案した、五重小塔を中心とした寺院です。
1451年に発生した土一揆の際小塔院は焼失してしまい、五重小塔は元興寺極楽坊に移動。
小塔院は再建されることはなく、五重小塔は元興寺の一部として安置されることになりました。
五重小塔は現存している五重塔の中で、奈良時代盛期に作られた唯一のものです。
全長5.5mと小柄ではありますが、内部構造も非常に細やかな作りになっています。
小塔といわれていますが、作りは大きな五重塔と同じものを採用されていて、「建造物」として国宝指定されています。
住所:630-8392 奈良県奈良市中院町11
マップ: Googleマップ
アクセス:
近鉄奈良駅から徒歩12分
JR奈良駅から徒歩20分
電話番号:0742-23-1377
営業時間:9:00-17:00(受付は16:30)
料金:
【元興寺】
大人:500円(大人のみ秋の特別展期間中600円/20名以上団体割引400円/秋の特別展期間中540円)
中高学生 300円
小学生 100円
【元興寺本殿】
大人 500円(大人のみ秋の特別展期間中600円)
中高学生 300円
小学生 100円
【元興寺五重小塔】
大人 500円(大人のみ秋の特別展期間中600円)
中高学生 300円
小学生 100円
「ならまち」は、世界文化遺産である「元興寺(がんごうじ)」の旧境内を中心とした地域一体のことを指します。
奈良県奈良市の旧市街地にあり、古き良き日本人の生活風景が今でも色濃く残っている希少な場所です。
奈良観光といえば、東大寺の大仏や奈良公園の鹿をイメージされる人が多いかもしれませんが、最近では観光サイトや雑誌に取り上げられるほど人気のスポットになっています。
風情ある町並みの散策が観光の定番ですが、 ならまちには飲食店から雑貨屋さん、お土産屋さん、お洒落な古民家カフェなど、たくさんのお店が軒を連ねています。
足を止めて写真に収めたくなるようなスポットがたくさんあります。
そんなならまちには、元興寺をはじめ観光スポットが点在していて、 「奈良町にぎわいの家」や「ならまち格子の家」、「ならまち資料館」などのスポットに無料で入れます。
ならまちへは近鉄奈良駅から歩くと15分ほどかかります。
エリア自体は大きくないので、1日あれば徒歩で十分に回れますよ。
住所 :奈良市上三条町23-4
マップ: Googleマップ
アクセス :
「近鉄奈良駅」より徒歩約15分
「JR奈良駅」より徒歩約20分
電話番号 :0742-22-3900(公益社団法人 奈良市観光協会)
公式URL : ならまち
※ならまちの観光関連記事: 【奈良】ならまち観光におすすめのスポット、ランチやカフェで訪れたいグルメスポットを紹介!
遥か遠き飛鳥時代、果てはさらに古き古墳時代に日本の中心であったエリアです。
神武天皇が即位したとされる橿原をはじめ、神話の舞台も多く存在しています。
飛鳥自然公園には、高松塚古墳やキトラ古墳など重要な史跡が保存されています。
飛鳥京・藤原京など、いにしえの都跡で古代のロマンを実感するのも楽しいでしょう。
一面にススキが群生する曽爾高原や、石楠花で知られる室生寺もこの地域に含まれます。
日本という国家が、いつ頃「建国」されたのかという正確な年代ははっきりしません。
1万年以上続いたといわれる縄文時代には、国家という概念はありませんでした。
弥生時代に稲作農業が開始されると、徐々に「ムラ」が形成され、ムラ同士が抗争を繰り返しながら国家の原形が出来てきたと考えられています。
古代の日本国家としては、『魏志倭人伝』による邪馬台国が有名ですが、所在した場所も定かになっていない状況です。
橿原神宮は、初代天皇とされる神武天皇を祀った神社です。
この神社は、かつて神武天皇の宮があったとされる場所に明治23年(1890年)創建されました。
畝傍山の南東山麓に位置し、約50万平方メートルと広大な神域を抱えています。
『日本書紀』の記述によれば、辛酉の歳(神武天皇元年)の正月、神武天皇はこの場所で即位し、日本国家の礎を築いたとされます。
この年は、実に2670年以上も前・・・時代区分では弥生時代に該当することになります。
建国記念日の2月11日は、この神武天皇が即位した日であり、日本国家の誕生日でもあるのです。
その意味で橿原神宮は、日本国家最古の都があった場所といえるかもしれません。
ところで、そもそも神武天皇ってどんな人なのでしょうか?
神武天皇は、実在した人物かどうかわからない伝説上の存在です。
『古事記』や『日本書紀』に登場する日本神話の主人公のひとりなのです。
神武天皇の名前は、神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)で、日向の国・高千穂(宮崎県)の出身とされています。
神武天皇が登場するまでの神話の話は、非常に長くなるので省略されていただきますが、天照大神の孫・ニニギノミコトの子孫だといわれます。
この神武天皇、東方に天下に君臨するのにふさわしい「美き国」ヤマトがあると聞き及び、彼の地目指して進軍を開始します。
これが「神武東征」とよばれるもので、彼は幾多の苦難を乗り越え、ヤマトを制圧することになるのです。
この時、神武天皇をヤマトに道案内したといわれるのが八咫烏(ヤタガラス・3本足の神鳥)で、サッカー日本代表のマークとしても有名です。
即位した神武天皇は、橿原の地で治政を行い、127歳で崩御されたといわれています。
畝傍山を背景に、壮大な神々しさを感じさせる外拝殿は昭和14年(1939年)創建と比較的新しい建物です。
両脇に回廊が設置されている入母屋造りの建築は、まさに当神社のシンボル的存在です。
神社敷地内の北西、南神門広場近くにある広大な池です。
その面積は、約5万平方メートルあり、木製の遊歩道が整備されています。
春は桜が美しく、参拝のあとの疲れをいやしてくれるスポットです。
住所 : 奈良県橿原市久米町934
マップ: Googleマップ
アクセス : 近鉄橿原神宮前駅下車、徒歩10分
電話番号 : 0744-22-3271
参拝時間:
日の出から日没の間
※季節によって変動あり、HP参照
公式URL : 橿原神宮
今の奈良県明日香村周辺のエリアは、古墳時代から飛鳥時代にかけて都が置かれていた場所です。
豊かな自然のなかにあり、日本の原風景を漂わせる風情は、まさに「日本人の心のふるさと」。
点在する多くの古墳や遺跡を真近で体験し、遥か古代のロマンに浸ることのできる貴重な観光スポットです。
飛鳥自然公園は、総面積60ヘクタールもある広大な公園です。
日本の国蝶「オオムラサキ」が生息する豊かな自然のなかで、ハイキングや自然観察を楽しむことができます。
『万葉集』に登場する古代の植物が多く存在しているのも、魅力のひとつです。
しかしなんといってもこの公園の特徴は、敷地内に貴重な古墳群が存在することでしょう。
この歴史公園は大きく5つのエリアに分かれています。
なかでも歴史の教科書にも登場する「石舞台古墳」「高松塚古墳」「キトラ古墳」は必見です。
石舞台古墳は、6世紀末から7世紀初めにかけて造られたと考えられる、日本最大の方墳です。
その大きさは、総重量約2300トン、特に天井石は約77トンもあります。
重機のない時代に、どうやって巨石を運んだのか?
当時の土木・建設技術の高さがうかがえます。
石舞台の名前の由来は、天井石の上面が広く平らで、舞台のようにみえるからだといわれています。
また月夜の晩に、キツネが美女に化けて舞ったとの伝説もあります。
この古墳は飛鳥時代の有力者・蘇我馬子の墓であると伝えられています。
桜の時期には、夜桜ライトアップが催され、多くの行楽客で賑わいます。
住所 : 奈良県高市郡明日香村島庄
マップ: Googleマップ
アクセス : 近鉄橿原神宮前駅からバスで30分(石舞台下車3分)
電話番号 : 0744-54-4577・9200(一般財団法人明日香村地域振興公社)
定休日 : 年中無休
営業時間 :
8:30-17:00(受付16:45まで)
※夜桜ライトアップ 18:00-21:00
料金 :
一般 250円
高校生 200円
中学生 150円
小学生 100円
公式URL : 国営飛鳥歴史公園
高松塚古墳は、7世紀末から8世紀始めにかけて造られたと思われる終末期古墳です。
直径23m(下段)、18m(上段)および高さ5mの2段式円墳になっています。
この古墳は誰が埋葬されているのは不明で、天智天皇の皇子説や朝鮮の王子説などが有力ですが、いすれにしても高貴な人物には間違いないようです。
発見の経緯は、ショウガを貯蔵しようと思った村人が穴を掘ったところ、偶然に見つかったとのことです。
高松塚古墳といえば、なんといっても有名なのが「壁画」です。
教科書でも紹介されている色彩豊かな美人画は大変有名であり、この古墳のシンボルでもあります。
隣接する「高松塚壁画館」でこの壁画のレプリカなどが展示されています。
住所 : 奈良県高市郡明日香村大字平田439(壁画館)
マップ: Googleマップ
アクセス : 近鉄飛鳥駅より徒歩15分
電話番号 : 0744-54-3340(壁画館)
定休日 : 12月29日-1月3日(壁画館)
営業時間 : 9:00-17:00(入館は16:30まで 壁画館)
料金 (壁画館):大人 250円 学生 130円 小人 70円
注意点 :高松塚古墳の外周見学は無料
公式URL : 国営飛鳥歴史公園
キトラ古墳という不思議な名前の由来は、諸説ありますが、この古墳の壁画「亀と虎」に因んで名付けられたとの説が有力です。
上記の高松塚古墳に続いて、我が国で2番目に発見された(1983年)大陸風の壁画古墳です。
7世紀末から8世紀始めにかけて造られたと推測される終末期古墳で、時期的にも高松塚古墳と同じくらいです。
この古墳も誰を埋葬したのか不明で、天武天皇の皇子・高市皇子説や朝鮮百済の高官説などがありますが、高貴な身分の人であることは間違いないようです。
この古墳の特徴は、その壁画に描かれている世界観です。
天井に描かれている「天文図」は世現存する界最古の天文図であり、太陽や月ばかりでなく、北斗七星や太陽の軌道・黄道も描かれています。
また方位を守護する四神像(青龍・白虎・朱雀・玄武)や獣頭人身十二支像が、繊細な筆づかいで表現されています。
なおキトラ古墳の壁画や世界観については、キトラ古墳壁画体験館・四神の館で体験することができます、
住所 : 奈良県高市郡明日香村大字阿部山67(四神の館)
マップ: Googleマップ
アクセス : 近鉄飛鳥駅からキトラ古墳周辺地区直通バス5分、「キトラ」下車すぐ
電話番号 : 0744-54-5105(四神の館)
定休日 : 12月29日-1月3日(四神の館)
営業時間 :
9:30-17:00(3月-11月)
9:30-16:30(12月-2月)
料金 : 無料
注意点 : キトラ古墳外周の見学は無料
公式URL : キトラ古墳
飛鳥寺は、東大寺など奈良県の有名な観光寺院と比べたら、規模も小さく地味なお寺です。
しかし、飛鳥寺の由緒はとても古く、推古天皇4年(596年)に建立された日本で一番古い寺院なのです。
仏教伝来の地である朝鮮・百済から仏舎利(釈迦の遺骨)が献じられ、多くの技術者も百済より招いて建立されたといわれています。
発願者は蘇我馬子、聖徳太子とともに当時の政界をリードした大政治家であると同時に、熱烈な仏教保護者でした。
建立当時は、東西200m、南北300m、金堂と回廊がめぐらされた大寺院であったようです。
この寺の建立に携わった百済の技術者は、その後斑鳩寺など多くの寺院造営にも協力し、その匠技は全国に普及していったのです。
蘇我氏の氏寺であった飛鳥寺ですが、中大兄皇子と中臣鎌子(藤原鎌足)が出会ったのも、この寺で開催された蹴鞠会だったといわれています。
その2人が、のちの「大化の改新」を起こして蘇我氏を滅ぼしてしまうのも皮肉な歴史です。
この寺は現在「安居院(あんごいん)」ともよばれていますが、かつては法興寺ともよばれていました。
法興寺は平城京遷都に伴い、分離しました。
新都に移転した方は「元興寺」となり、奈良時代には大寺院となりましたが、飛鳥に残った方が飛鳥寺になったのです。
この飛鳥寺、過去に2度の火災に見舞われてしまい、一時は雨ざらしの廃寺になってしまいました。
現在は江戸時代に再建された講堂(元金堂)を残すのみとなっています。
その講堂の本尊が「飛鳥大仏」国の重要文化財に指定されています。
飛鳥寺の講堂には日本最古の大仏・飛鳥大仏が祀られています。
正式には「薬師如来像」とよばれ、高さは約5m・・・奈良の大仏と比べれば1/3位の大きさです。
推古天皇14年(606年)に中国から渡来した仏師・鞍作止利(くらつくりのとり)によって建立されたといわれています。
それ以来1400年あまりの長きにわたって、この場所に安置されているのです。
大仏の特徴は指に水かきが付いていること…何人も漏らさず救いあげるとの仏の御心を示しているとされています。
この飛鳥大仏、写真撮影が許可されているのも、観光客にとっては魅力のひとつかもしれません。
住所 : 奈良県高市郡明日香村大字飛鳥682
マップ: Googleマップ
アクセス : 近鉄橿原神宮駅下車、岡寺前行バス10分「飛鳥大仏」下車
電話番号 : 0744-54-2126
営業時間 : 9:00-17:30(10-3月は17:00まで)※受付は終了15分前
料金 : 大人・大学生 350円 中高生 250円 小学生 200円
数ある観光スポットの中でも、村全体が飛鳥時代を色濃く残している場所は、明日香村以外にはないかもしれません。
村全体が飛鳥時代の雰囲気を大切にしており、雄大な自然のみではなく、古墳や遺跡・史跡など数多くの名所があります。
また、お寺や寺跡へのアクセスの中心となっているので、明日香村を中心に14箇所のお寺や寺跡に足を運ぶことが可能です。
その他、7箇所歴史を体感できるミュージアムがあるため、明日香村内のみでも十分楽しむことができます。
明日香村に宿泊することもでき、民宿や農家に宿泊して農業体験をしたり郷土料理を味わうことができるのも、明日香村ならではの魅力!
古代食として「飛鳥鍋(季節野菜と鶏肉を出汁と牛乳で煮込んだ鍋)」や「蘇(乳製品を乾燥させた食材)」などをいただくこともできます。
お土産屋さんも充実しているので、体験・観覧・宿泊とやりたいことがなんでもできる、自然豊かな村といえます。
岡寺は明日香村の東にあり、岡山の中腹に位置する場所に建っています。
この場所は過去に大化の改新があった土地とされていて、かつては飛鳥京の中心地に、現代では明日香村役場の東にあって、過去も現代も政治にまつわる場所に近い位置にあります。
「岡寺」という名前は広く知られている名前ではありますが、古来より伝わっている名前とは異なっています。
岡寺の山号(寺号の上につける名前)は「東光山」、院号(戒名や法名の一種)は「真珠院」、寺号(お寺の名前)は「龍蓋寺」とされています。
よって、正式な名称は「東光山 真珠院 龍蓋寺」となるのです。
神々しくもあり、美しさも感じる名前ですね。
そうとはいっても、「岡寺」という名前には地元の人などの親しみも深く、宗教法人も「岡寺」として幅広い人から知られているお寺です。
西国観音霊場代七番目のお寺としても有名で、同じ西国の札所である興福寺や長谷寺とは深いかかわりを持っています。
住所:634-0111 奈良県高市郡明日香村岡806
マップ: Googleマップ
アクセス:橿原神宮前駅からバスで31分(「岡寺前」下車)
電話番号:0744-54-2007
営業時間:
3月~11月 8:00-17:00
12月~2月 8:00-16:30
休業日:無休
料金:
大人:400円
高校生:300円
中学生:200円
小学生以下:無料
※団体割引は50名以上から
公式URL: 岡寺
岡寺の三重塔は、いつ建立されたものなのかはっきりとした文献がありません。
寺伝によれば、天智天皇が勅願で義淵僧正という法相宗の祖がによって建立されたと記されています。
元は治田神社境内に建てられていたとされていますが、文明4年(1472)の夏に大嵐に合い倒壊。
その後長い間復旧工事には着手されなかったといわれています。
再建工事が開始されたのは、約500年後の昭和59年(1984)。
きっかけは弘法大師の千百五十年の御遠忌で、2年の歳月をかけて復旧工事が行われて昭和61年(1986)に再建が完了。
現在の岡寺の三重塔は、時代を超えて現代に姿を現したのです。
住所:634-0111 奈良県高市郡明日香村岡806
マップ: Googleマップ
アクセス:橿原神宮前駅からバスで31分(「岡寺前」下車)
電話番号:0744-54-2007
営業時間:
3月~11月 8:00-17:00
12月~2月 8:00-16:30
休業日:無休
料金:
大人:300円
高校生:250円
中学生:150円
住所:634-0111 奈良県高市郡明日香村岡55
マップ: Googleマップ
アクセス:橿原神宮前駅からバスで34分(「岡橋本」下車)
電話番号:0744‐54-2001
公式URL: 明日香村
※明日香村の観光関連記事: 【奈良】明日香村をレンタサイクリングで周遊しよう!モデルコースやおすすめ観光スポットも紹介
日本最古の神社の一つとされていて、大神神社の創始は古事記や日本書紀に記されています。
古事記や日本書紀などの神話に同じような内容の伝承が記されていることは非常に稀であり、神代の始まりの最も古い歴史を持っている神社と位置づけることができる神格高い神社。
一般的な神社は本殿にお参りをしますが、大神神社の場合は神様が眠るとされている三輪山に直接お祈りを行う形式。
日本最古のお参り方法とされていて、今もこれは守られています。
現代も数多くの人がお参りに訪れていて、生活全般・国造り・酒造り・医療などの守護神として祀られています。
拝殿までの道のりは、よく整備されていて歩きやすくなっています。
道の左右には大きな木々が立ち並んでいて、とても神聖な雰囲気が漂っていますよ。
お参りを行う前の道で、自分の中にある問題点などを整理しながら歩いていくのも良いですね。
木々からのマイナスイオンと大神神社からのパワーをいただき、心身ともにリフレッシュ!
観光客だけでなく、地元の方も行き来しているので、特に休日は人がたくさん。
ゆっくりと参拝したい方、拝殿までの道のりを堪能したい方は、平日に訪れることをおすすめします。
拝殿内の三つ目の鳥居には扉がついていて、その奥は禁足地。
神職の方でさえも足を踏み入れることのない神聖な場所です。
拝殿そのものは鎌倉時代に建立されたとされていて、現在建っている拝殿は寛文4年(1664)に徳川家綱によって再建された拝殿となります。
三つの鳥居も、それぞれ国の重要文化財に指定されています。
住所:〒633-0001 奈良県桜井市三輪1422
マップ: Googleマップ
アクセス:三輪駅から徒歩で約10分
電話番号:0744-42-6633
公式サイト: 大神神社
三重県 津市と奈良県宇陀郡曽爾村にまたがる倶留尊山(くろそやま標高1,037m)と、亀の背に似た亀山(標高849m)を結ぶ西麓に広がる曽爾高原。
関西ではススキの名所として知られていて、秋のシーズンになるとたくさんの写真好きの方が訪れる絶景スポットです。
3月の山焼きの後に芽吹きはじめたススキは、夏にはまるで緑の絨毯を敷き詰めたかのような姿を見せてくれます。
見頃は例年9月中旬から11月中旬で、季節が進むにつれ、薄紫の穂がだんだんと白くなり、やがて銀色のような色合いに変わっていきます。
高台からのんびり眺めた後は、ゆっくりと小道を歩いてみましょう。
背丈ほどもあるススキが風になびいている間を歩く、そんな特別な体験をしてみませんか?
特におすすめは夕暮れ前、夕陽を浴びて黄金色に染まるススキがどこまでも続きます。
紅葉とはまた違った、日本の秋をじんわりと感じることが出来る光景です。
9月中旬から11月中旬にかけての17:00〜21:00には、お亀池周囲が約200個の灯篭で飾られる「曽爾高原山灯り」が開催されます。
夕暮れ前に到着して、夕焼けと幻想的な山灯りと、満天の星空まで欲張りに楽しみましょう。
山灯りについての詳細は、曽爾村の公式サイトで確認してください。
また、曽爾高原のライブカメラも公開されているので、お出かけ日程の参考にしてみてください。
大阪方面からだと車で2時間近くかかるので、結構な遠出になりますが、シーズン中の週末は駐車場が満杯になり待ち時間が出る程の人気。
シーズン中は、名張駅から曽爾高原行きの特別バスが運行されるので、車が無い方でも訪れやすくなっています。
住所 :奈良県宇陀郡曽爾村太良路
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄 名張駅から三重交通「山粕西行」バス、「太良路」下車、徒歩45分
※10月~11月のみ 曽爾高原行きバスあり
電話番号 :0745-94-2106(曽爾村企画課観光係)
公式URL : 曽爾村
室生寺は、興福寺の僧、賢憬(賢璟)により奈良時代の末に建立されました。
山野親王(のちの桓武天皇)が怨霊と病に悩まされていたため、室生山中において延寿法が行われました。
賢憬(賢璟)はその際の浄行僧5人の中の1人でした。
現在の寺観は賢憬(賢璟)の弟子であった修円により整えられましたが、その後衰退、江戸時代になって五代将軍徳川綱吉の生母である桂昌院の庇護を受けて再興されています。
この頃から、同じ真言宗でも女人禁制だった高野山金剛峯寺に対して、室生寺は女人の参拝を許可したため女人高野と呼ばれるようになり、女性の信仰を集めました。
この室生寺をさらに有名にしているのが、美しい石楠花(しゃくなげ」の花です。
仁王門周辺から鎧坂、さらに国宝、五重塔にかけての参道の両側に約3,000株の石楠花が咲き誇ります。
海抜40mに位置する室生寺の適度な寒さと湿気が、高山植物である石楠花に適しているんだそう。
4月中旬頃からつぼみを開きはじめ、濃く鮮やかな紅色から薄いピンク色になり、白くなってやがて散っていきます。
見頃は例年ゴールデンウィーク周辺で、野点の茶席や、虚無僧による献笛などのイベントも行われます。
詳しい日程については、公式サイトから確認してくだsさい。
住所 :奈良県宇陀市室生78
マップ: Googleマップ
アクセス :近鉄 室生口大野駅より室生寺行バス「室生寺」下車 徒歩5分
電話番号 :0745-93-2003
営業時間 :
8:30~17:00
※12月1日~3月31日は9:00~16:00まで
拝観料:中学生以上600円 小学生400円
公式URL : 室生寺
「稲渕の棚田(いなぶちのたなだ)」は、日本の棚田百選に選出されている、明日香村エリアにある稲田です。
明日香村駅から離れており、上り坂を登って行かなければいけないので大変ですが、綺麗な景色が見られることから明日香村観光ではマストスポット。
稲渕の棚田に着いたら、まず辺りを散策しましょう。
目の前には一面緑が広がる風景が広がっています。
ゆっくり散策すると稲渕の棚田だけで1時間ほどかかるので、時間に余裕がない人は途中まで歩いて引き返しても良いでしょう。
稲渕の棚田は四季によって景色が様変わりしますが、春~夏にかけては緑が映え、青々とした稲穂の様子が見られます。
秋には「彼岸花まつり」が行われ、棚田の緑に赤い彼岸花が見事に映えた、他の季節とはまた違った景色を楽しますよ。
晴れた日の稲渕の棚田からの風景は素晴らしいですが、それだけではありません。
稲渕の棚田には個性的なカカシが道の両端に立っており、見ているだけで楽しめます。
カカシはどれも一つ一つ凝って作られているのが伝わってきます。
稲渕の棚田に行く人は、明日香村駅近くにあるレンタサイクル屋さんで電動自転車を借りて行くと良いでしょう。
住所 :奈良県高市郡明日香村 稲渕
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄飛鳥駅から明日香周遊バス赤かめで16分
「石舞台」下車後、徒歩約20分
電話番号 :0744-54-4577(明日香村地域振興公社)
公式URL : 稲渕の棚田
このエリア最大の観光スポットは、なんといっても法隆寺です。
聖徳太子が建立し、日本最古の木造建築物である当寺と法起寺は「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコ世界遺産に登録されています。
戦国~江戸時代にかけて奈良県の中枢として栄えた大和郡山城は、桜の名所としても知られています。
奈良県の北西部に位置する斑鳩は、聖徳太子とゆかりの深い土地であり、飛鳥時代に宮殿があった場所です。
その斑鳩宮は、推古天皇9年(601年)聖徳太子によって造営され、周辺に法隆寺をはじめとした仏教寺院が建立されました。
今の法隆寺の東院のある場所に、斑鳩宮は存在したといわれております。
聖徳太子の死後、跡を継いだ皇子・山背大兄王が居住しておりましたが、皇極天皇2年(643年)に焼失しました。
時の権力者・蘇我入鹿に襲われ、山背大兄王の一族は、法隆寺にて自害したといわれています。
その法隆寺は、斑鳩エリアを代表する観光地であると同時に、日本が世界に誇る文化遺産の代表格です。
古代寺院の姿を残す貴重な仏教施設であり、特に金堂や五重塔がある「西院伽藍」は現存する最古の木造建築物群だといわれています。
平成5年(1993年)、法起寺とともに我が国最初のユネスコ世界遺産「法隆寺地域の仏教建築物」に登録されました。
金堂や五重塔、夢殿など主要な建築物は国宝に指定されていますが、所有する仏像・工芸品などの多くの文化財も国宝指定されています。
その数といったら、国宝・重要文化財に指定されたものだけでも約190件、約2300点にも及んでいるのです。
まさに、まるごと「国の宝物」と呼ぶにふさわしい寺院なのです。
法隆寺の造営は推古天皇15年(607年)と推定されます。
聖徳太子が、父であった用明天皇の遺願を継いで、寺の建立と本尊(薬師如来)を祀ったのがはじまりとされています。
現在の法隆寺の敷地面積は、約18万7千平方メートル。
「西伽藍群」と「東伽藍群」に大別されます。
四季を通じて、外国人観光客を含め、多くの参拝客で賑わっております。
西院伽藍群に位置する金堂は、法隆寺のご本尊を安置する殿堂です。
この金堂の内部には、聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像や、日本最古の四天王像等も安置されております。
天井には、天人と鳳凰が飛び交う色彩豊かな天蓋が吊るされていて飛鳥時代期の芸術の高さがうかがえます。
西院伽藍群に位置し、金堂に隣接して所在する五重塔は、日本最古の五重塔として知られています。
木造としては世界最古、耐震構造のある建築技術は、当時の文化の高さを感じさせます。
高さは約32mあり、最下層部の内陣には奈良時代に造られた塑造群像が安置されております。
夢殿は、東院伽藍群の中心的建築物です。
東伽藍は、焼失した斑鳩宮跡で、奈良時代に行信僧都という高僧によって再建されました。
八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子の等身大とされる秘仏・救世観音像が安置されています。
明治期に岡倉天心とフェノロサが初めて拝観したとされますが、現在でも特定期間でしか公開しない秘仏なのです。
住所 : 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1の1
マップ: Googleマップ
アクセス : JR法隆寺駅より徒歩20分・バス法隆寺門前行き「法隆寺門前下車」
電話番号 : 0745-75-2555
営業時間 :
8:00-17:00(2月22日-11月3日)
8:00-16:30(11月4日-2月21日)
料金 : 一般 1500円・小学生 750円(西伽藍内、大宝蔵院、東院伽藍内共通)
公式URL : 法隆寺
※法隆寺の観光関連記事: 聖徳太子ゆかりの世界遺産・法隆寺!1400年の歴史と魅力を解説!周辺のおすすめスポットやグルメ・お土産も
奈良県北部に位置する大和郡山市は、戦国~安土桃山時代に大和の国の中心都市として栄えた町です。
江戸時代に武士の副業として始まった、金魚の養殖が盛んなところで、今でも全国金魚すくい大会が開催されているほどです。
大和郡山城は、大和郡山市の主要な観光スポットであり、桜の季節の「お城まつり」は圧巻です。
「日本さくらの名所100選」および「続日本100名城」にも指定されています。
旧寺社勢力の力が強く、中央政権の支配が及ばなかった大和の国を制圧したのは、戦国末期の大名・筒井順慶でした。
この筒井家はもともと奈良・元興寺の僧兵でしたが、やがて強い勢力をもって大名化したのです。
大和郡山城は、この筒井順慶によって事実上、築城されたといわれています。
この筒井順慶なる人物、いかなる人物なのでしょうか?
筒井順慶(1549-1584)は知名度はいまひとつですが、有名な故事成語のモデルにもなった人です。
順慶の父・順昭は、順慶が2歳の時病死しました。
筒井家では、周囲の敵を欺くため、順慶が成人するまでの間、順昭そっくりな盲目の僧・木阿弥を影武者にしたといわれます。
やがて筒井家の体制が整うと、それまで場内で裕福な生活をしていた木阿弥は、お役ゴメンになり、もとの僧に戻されました。
これが「元の木阿弥」の由来です。
織田信長の配下に入って大和を統一、大和郡山城を拠点に一大勢力を誇りました。
このとき、信長に順慶臣従を斡旋したのが明智光秀で、その後いろいろと面倒をみてくれた光秀は、順慶にとっては大恩人でもありました。
本能寺の変で信長が斃されたあとの山崎合戦のおり、順慶は国境付近の「洞ヶ峠」に兵を進めながら傍観し、光秀を見殺しにしたといわれます。
この行為から日和見を決め込むことを「洞ヶ峠を決め込む」と呼ぶ由来となりました。
その後、豊臣秀吉に臣従しますが、翌年36歳で病死します。
順慶の死後、筒井家を出奔した有力家臣・島左近は、のち石田三成に仕え歴史に名を残すことになります。
筒井家のあと大和郡山城主になったのは、豊臣秀吉の弟・秀長です。
秀長は大和・和泉・紀伊100万石を有することになり、相応の城改築および城下町の整備がされ、大和郡山は繁栄の時を迎えたのです。
大和郡山城は、江戸時代の安政5年(1858年)の大火災により焼失しました。
その後、城内跡に学校が設立されるなどして、城跡としては荒廃しましたが、昭和になって、追手門や追手向櫓・追手東隅櫓が復元されました。
天守閣は復元されておりませんが、天守台には展望台施設が整備されています。
また石垣には、付近から徴用された石地蔵「さかさ地蔵」や、平城京羅城門から転用された石「転用石」が祀られています。
明治期になって、城址一円に桜の木が大規模植栽され、現在の花見の名所となる礎となったのです。
時期の詳細日程は年によって異なりますが、毎年3月末から4月はじめにかけて、郡山城一帯で開催されます。
郡山城での夜桜ぼんぼり点灯・天守台のライトアップのほか、市民パレード、金魚品評会、時代行列などイベントが盛り沢山です。
住所 : 奈良県大和郡山市城内町
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄・近鉄郡山駅下車 徒歩7分
JR郡山駅下車 徒歩15分
電話番号 : 0743-52-2010(大和郡山市観光協会)
定休日 : なし
料金 : 無料
公式URL : 大和郡山市観光協会
法起寺には色々な別名があり、「岡本尼寺」「岡本寺」「池後寺」「池後尼寺」等の呼び名があります。
法隆寺と同じく、平成5年に世界文化遺産に登録。
有名なお寺とはいいがたいかもしれませんが、慶雲3(706)年に建立された聖徳太子とのゆかりの深いお寺であり、日本で最も古い三重塔といわれています。
大きな修繕工事を何度も行ってきているため、最初の三重塔の原型があるかどうかはわかりません。
しかし、昭和45年から行われた工事で、それまでに研究されていた成果を考慮しつつ、5年の歳月をかけて大幅な修繕が行われて現在の法起寺の形になりました。
間近で見てみるのも趣深く、全長24mあるので想像以上に大きいという印象を置けるかもしれません。
少し離れた位置からの眺めもまた絶景!
どんな位置からでも絵になり、日本の歴史にも触れられます。
コスモスの見頃は9月中旬から10月!
その年の気候によってもかなり左右されます。
休作農地を利用して咲き乱れるコスモスは、なんと2万平方メートルの広さ。
秋にしか見ることのできない、法起寺×コスモスの長閑な風景は必見です。
撮影スポットとして、地元ではかなり有名ですよ。
住所:〒636-0102 奈良県生駒郡斑鳩町岡本1873
マップ: Googleマップ
アクセス:
法隆寺駅から徒歩で40分
郡山駅からバスで20分(「法起寺前」下車すぐ)
電話番号:0745-75-5559
営業時間:
2/22~11/3 8:00~17:00 入館16:30まで
11/4~2/21 8:00~16:30 入館16:00まで
料金:大人:300円
葛城山(標高959m)の山頂付近は、なだらかな斜面が広がる高原になっています。
四季を通じて色々な楽しみ方がありますが、中でも一番有名なのは一目百万本と名高いツツジの大群落です。
葛城高原のツツジの見ごろは5月中旬ごろで、写真のように真っ赤な絨毯を敷き詰めたかのような絶景を楽しむことが出来ます。
葛城山の山頂までは、葛城山ロープウェイが唯一の交通機関です。
葛城登山口駅から山上駅まではわずか6分の空中散歩。
山上駅から15分ほど歩くと、奈良盆地、大阪平野、視界が良ければ六甲山、淡路島まで見渡せる360度パノラマポイントへ到着です。
山頂には葛城高原ロッジがあり、ランチ利用はもちろん、宿泊も出来るので大自然をたっぷり満喫したい方におすすめです。
葛城登山口から山頂までは、「櫛羅の滝(くじらのたき)コース」というハイキングコースが整備されています。
ただし、ハイキングといっても時折土砂崩れの跡があったり、急こう配の階段があったりするので、軽い登山と言った方が良いかもしれません。
距離は3キロで、所要時間は1時間~1時間半といったところです。
体力や時間と相談して、ハイキングとロープウェイを片道ずつ楽しむのもいいですね。
住所 :奈良県御所市大字櫛羅
マップ: Googleマップ
アクセス :JR・近鉄御所駅→葛城ロープウェイ行バス15分→ロ-プウェイ6分
電話番号 :0745-62-4341
営業時間 :9:10~17:00
料金 :
大人:1,500円 往復料金 (片道950円)
子供: 750円 往復料金 (片道480円)
公式URL : 葛城山ロープウェイ
奈良県の南半分を占める吉野エリアは、自然美豊かな絶景スポットが多い場所です。
アクセスは決して良好とはいえませんが、桜の名所として知られる「吉野山」ほか山岳・渓谷の景勝地もたっぷり。
このエリアの一部は、近隣の和歌山・三重両県に跨ったユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されております。
パワースポットを巡って、運気を向上させるのも楽しいでしょう!
また「野猿」とよばれる不思議な、人力ロープウェイを体験できる場所もあるのです。
奈良県の中央部に位置する吉野山は、一般的に大峯連山の北の端から、南に約8kmつづく尾根一帯を指します。
古来から修験道の聖地として知られ、また桜の名所としても有名なところです。
特に平安時代から植樹された桜は「一目千本桜」と称され、山全体で約3万本の桜が植えられています。
山の下から上に向かって徐々に開花していく様子は圧巻であり、通常下記の分類がされています。
桜のシーズンはライトアップが催され、山の上から見下ろす桜と雲海の光景は、まさに絶景です。
吉野といえば、桜の代名詞ですが、初夏の紫陽花、秋の紅葉も見事で各種イベントは開催されます。
吉野山一帯は「吉野熊野国立公園」に指定され、平成16年(2004年)には「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産にも登録されました。
この世界遺産構成の範囲は吉野山全体を含み、吉野水分神社・金峰神社・金峯山寺・吉水神社は徒歩で周遊することができるのです。
吉野山は日本史の舞台にも何度か登場しています。
有名なのが、兄・源頼朝の追討を受けて吉野に身を隠した義経は静御前と別れる場面…歌舞伎でも知られています。
しかし何といっても鎌倉末期から南北朝時代にかけては、表舞台に登場します。
鎌倉幕府滅亡後に後醍醐天皇が行った「建武の新政」は破たんし、足利尊氏と後醍醐天皇側(新田義貞・楠木正成ら)は対立するようになります。
尊氏に京都を追われた後醍醐天皇は、ここ吉野に拠点を移し(南朝)、56年に渡って朝廷が分裂する事態になりました。
住所 : 奈良県吉野郡吉野町吉野山2430(吉野町観光協会)
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄吉野線吉野駅から徒歩
吉野大峯ケーブル「千本口」~「吉野山」所要時間3分
ケーブル「吉野山」駅より奥千本口まで路線バスあり
電話番号 :
0746-32-1007(吉野町観光協会)
0746-39-0010(吉野大峯ケーブル自動車株式会社)
料金 :
ケーブルカー往復:大人 610円 小人 310円
路線バス:大人 170円~
公式URL :
奈良県最南部・和歌山県との県境にある十津川村は、日本一大きな面積の村として有名です。
村には鉄道がなく、マイカーか路線バスでのアクセスとなります。
十津川村を通る路線バスは、近鉄八木駅から和歌山県のJR新宮駅までの路線のみ。
驚くことに所要時間は約6時間・・・日本一長い路線バスとなります。
村のなかにはコンビニもないという秘境中の秘境です。
この村には源泉かけ流しの温泉が多くのも魅力のひとつですが、秘境愛好家の期待を裏切らない絶叫スポットが存在するのです。
十津川村の北部にある、日本有数の長さを誇る鉄線つり橋が、谷瀬のつり橋。
長さは297m、川面からの高さは54mもあります。
橋の下には十津川の清流、周囲は深い山々に囲まれ、ロケーションは抜群です。
途中でゆらゆら揺れる感覚は、スリル満点の絶叫スポットなのです。
住所 : 奈良県吉野郡十津川村谷瀬・上野地
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄大和八木駅からバスで180分「上野地」から徒歩で3分
JR新宮駅からバスで210分「上野地」から徒歩で3分
営業時間 : 通年
料金 : 無料
公式URL : 十津川村観光協会
野猿(やえん)と聞いて、前知識がないと何のことだかさっぱりわからないでしょう。
野猿とは、十津川村特有の人力ロープウェイのことなのです。
具体的には箱状の「やかた」に乗って、川の両岸に貼られたワイヤーロープを、自力で引っ張り移動するイメージ。
まるで猿が木々を渡る様子に似ているから野猿~スリル満点の乗り物なのです。
もともとは現地の人の交通手段だったようですが、さすがに今は観光用になっています。
村南部の十津川温泉郷に2カ所設置されています。
野猿に乗って温泉に入るという体験は、ここぐらいでしかできないでしょう。
住所 : ①奈良県吉野郡十津川村平谷909-4(ホテル昴敷地内)②西川出合
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄大和八木駅からバスで250分 十津川温泉からタクシーで5分
JR新宮駅からバスで120分 十津川温泉からタクシーで5分
電話番号 : 0746-64-1111(ホテル昴)
料金 : 無料
龍泉寺の歴史は古く、1300年前に修行中の役行者が山麓に湧き出る泉を発見し、「龍の口」という名前を付け、小堂を建てて八大龍王を奉ったことがきっかけといわれています。
小堂が建てられて200年後に龍泉寺の上流にある蟷螂の岩屋に大蛇が住み着き、その大蛇が役行者に危害を加えてしまったため、龍泉寺は荒廃していってしまったのです。
しかし、修研道中興の祖である、聖宝・理源大師が大蛇を退治したため、龍泉寺は再興。
現在も湧き水は健在で、修研者の清めの水として使用されています。
また、龍泉寺は宗派を問わず修研者が訪れ、水行を行って八大龍王に道中の安全を祈願するしきたりがあります。
近畿三十六不動尊三十一番目の札所としても有名です。
四季によって表情を変える自然豊かなお寺なのですが、特におすすめなのが紅葉が楽しめる秋!
限られた時期にしか見ることのできない紅葉は、どの時期よりも色濃く鮮やかに龍泉寺を彩ります。
龍泉寺のみではなく、龍泉寺周辺の池や道、石灯籠などにも紅葉が舞い降りていてとても幻想的。
池そのものも透明度が非常に高いため、紅葉を観ようと池を覗くと自分の姿も一緒に見ることができます。
奈良のお寺と紅葉を観にいく計画を立てるのであれば、チェックしておきたいお寺です。
住所:〒638-0431 奈良県吉野郡天川村洞川494
マップ: Googleマップ
アクセス:
近鉄下市口駅からバスで78分(洞川温泉行、「洞川温泉」下車)
洞川温泉バス停から徒歩10分
電話番号:0747-64-0001
公式URL: 龍泉寺
奈良の王道観光スポットを1日で回れるモデルコースをご紹介します。
今回は、絶対に外せない2つの世界遺産をはじめ、絶景やグルメ、穴場スポットなど、奈良ならではの魅力をたっぷりお伝えします。
各地方から奈良に来る際に拠点となるのが「近鉄奈良駅」。
新幹線と在来線を利用すると、東京駅から3時間20分ほど、新大阪駅から50分ほどで到着します。
奈良へ向かうには、1度京都か大阪を目指し、京都駅または梅田駅から近鉄線に乗り換えて行きましょう。
近鉄奈良駅を降りると、すぐ目の前にはひがしむき商店街があります。
ひがしむき商店街には飲食店やお土産屋さんなど、数多くのお店が軒を連ねています。
帰りはここで食事をしたり、お土産を買っても良いでしょう。
奈良名物のどら焼き「三笠焼」が売っている「寛永堂」も、このひがしむき商店街内にあります。
お土産にも良いですが、中にイートインスペースがあるため、ゆっくり和スイーツも楽しめますよ。
まずはひがしむき商店街を通り、奈良を代表する観光スポットがある奈良公園を目指しましょう。
住所 :〒630-8215 奈良県奈良市 東向中町29
マップ: Googleマップ
アクセス :近鉄奈良駅
電話番号 :0742-26-6355
定休日 : 無休
営業時間 :5:30〜23:20
料金 : 無料
公式URL : 近鉄奈良駅
ひがしむき商店街を通り、しばらく歩くと「猿沢池」に着きます。
猿沢池は奈良公園内にある周囲360mの人工池で、近くにはベンチやスターバックス、お土産屋さんなどが軒を連ねています。
観光客だけでなく、市民の憩いの場としても愛されています。
興福寺の五重塔が周囲の柳と一緒に水面に映る風景は美しく、奈良八景の一つになっており、奈良でも有数のビューポイント。
小さい池ですが、とても風情があり、奈良公園で欠かせない景観でもあります。
せっかくなら池の周りをグルっと一周してみましょう。
住所 :奈良市橋本町49
マップ: Googleマップ
アクセス :JR奈良駅から徒歩20分、近鉄奈良駅から徒歩5分
電話番号 :0742-22-0375(奈良公園事務所)
公式URL : 猿沢池
猿沢池から少し歩くと、奈良公園の敷地にある「興福寺」が見えてきます。
見どころの一つが、興福寺のシンボルにもなっている「五重塔」。
その高さは50.1メートルです。
2018年に300年ぶりに再建された「中金堂」も、今注目を集めています。
中金堂は、何と20年もの月日をかけて創られた時と同じ場所、同じ大きさで再建されたのだそう。
中には興福寺の本尊である釈迦如来坐像が安置されています。
興福寺に来ると分かりますが、この辺りには鹿がたくさんいます。
200円で買える鹿せんべいをあげて、鹿と戯れるのも良いでしょう。
ぜひ鹿と写真を撮ってみてくださいね。
子鹿を見かけることもあります。
鹿は基本的に大人しいですが、くれぐれも危害を加えないように注意してください。
噛まれて怪我する恐れがあるので、小さいお子さんを連れて行かれる方は、お子さんから目を離さないようにしましょう。
住所 : 奈良市登大路町48
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄奈良駅から徒歩5分
JR奈良駅から奈良交通バス(市内循環外回り)「県庁前」下車すぐ
電話番号 : 0742-22-7755
定休日 : 年中無休
営業時間 : 9:00-17:00(入館は16:45まで)
料金 :
拝観料:大人(一般・大学生)600円 学生(中高生)500円 小人(小学生)200円
国宝館・東金堂共通券:大人(一般・大学生)800円 学生(中高生)600円 小人(小学生)250円
公式URL : 興福寺
興福寺を観光し終えたら、歩いてすぐ近くにある「奈良国立博物館」へ行きましょう。
興福寺から歩いて5分ほどと近く、東大寺や春日大社に行く途中にあるので、歴史好きな人は立ち寄ってみると良いですよ。
「なら仏像館」「東新館」「西新館」「青銅器館」の4つのギャラリーの中で特に興味深いのが、 国宝や重要文化財が数多く出陳されている「なら仏像館」。
100体以上の大仏を一度に見られるのは、国内でもここだけです。
館内には13の展示室があり、 「時代」「サイズ」「仏像の種類」などで分けられています。
とにかく多くの大仏像が展示されているため、大仏好きな人にはおすすめの博物館。
館内は広く、様々な大仏が見られるので、飽きることはないでしょう。
東大寺や春日大社へ行く途中に通るので、合わせて訪れてみてくださいね。
住所 :奈良県奈良市登大路町50
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄奈良駅より徒歩約15分
市内循環バス外回り(2番)「氷室神社・国立博物館」下車すぐ
電話番号 :050-5542-8600(ハローダイヤル)
定休日 :毎週月曜日(休日の場合はその翌日。連休の場合は終了後の翌日)、1月1日
営業時間 :9:30-17:00(入館は16:30まで)
料金 :一般520円、大学生260円、高校生・18歳未満は無料
公式URL : 奈良国立博物館
奈良国立博物館で見学を終えたら、ランチは近くにある夢風ひろばで食べましょう。
夢風ひろばには飲食店がいくつかありますが、筆者は「ならや東大寺店」で奈良発祥の餺飥(はくたく)うどんと釜飯を使ったおにぎりのセットを食べました。
餺飥うどんはうどんの元祖と言われていて、奈良時代に春日大社へ供えられたとされる文献があるのだそう。
せっかくなので、餺飥うどんを味わってみても良いですね。
筆者が行ったのは夏だったので冷やしうどんを注文しましたが、その他にもうどんや釜飯だけを味わえるメニューからアイスクリームなどのスイーツもあります。
なお、「ならや」は営業時間が11時~15時のみなので、行かれるときは時間に気を付けてください。
また、「ならや」がある夢風ひろばには、他にも様々な飲食店やお土産屋さんなどがあります。
気に入ったお店に入ってランチを楽しんでくださいね。
春日大社の方まで行くとランチスポットはないので、この辺りでランチをとることをおすすめします。
住所 :〒630-8212 奈良市春日野町16 東大寺門前夢風ひろば内
マップ: Googleマップ
アクセス :近鉄奈良駅から徒歩約20分
電話番号 :0742-23-5233
定休日 :金曜日
営業時間 :11:00~15:00
公式URL : ならや 東大寺店
夢風ひろばでランチを済ませたら、歩いてすぐ近くにある「東大寺」に行きましょう。
東大寺へ行く途中には、飲食店やお土産屋さんがいくつかあるので、この辺りで食事を楽しむの良いですね。
お店が並ぶ道を真っ直ぐ進むと、国宝で見どころの一つ「南大門」が見えてきます。
まずは遠くから南大門の写真を撮りましょう。
南大門の両端には、ドシッと構える2体の「仁王像」がそびえ立っています。
じっくり見てみると堂々としていて、威厳を感じます。
南大門をくぐり、拝観料を払った先にあるのが、必見スポットで国宝建築物でもある「大仏殿」。
中学生以上は600円で中に入れます。
大仏殿の中に入ると、奈良で有名な「大仏」。
私たちがよく言う奈良の大仏は、正式には「盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう)」と言います。
大仏殿以外にも建物内には模型など見るものがあるので、ゆっくり見学を楽しんでください。
大仏殿を見たら、そこから数分歩いたところにある「二月堂」にも足を運びましょう。
ここは上に登って、奈良の街並みを見るのがおすすめ!
晴れていれば、見晴らしの奈良の美しい景色を一望できますよ。
東大寺は見どころが多いので、全て回ると東大寺だけでかなりの時間がかかります。
そのため、事前にある程度見学する場所を決めてから回るようにしましょう。
ゆっくり回ると時間がかかりますが、大仏殿をはじめそれだけ価値があり見どころの多い場所です。
できれば1時間くらい時間を取って、ゆっくり見学すると良いでしょう。
奈良ではマストスポットなので、ぜひ大仏様の壮大さを噛みしめてください。
住所 : 奈良市雑司町406-1
マップ: Googleマップ
アクセス :
近鉄奈良駅から市内循環バス「大仏殿春日神社前」下車5分
近鉄奈良駅から徒歩20分
電話番号 : 0742-22-5511(代表)
営業時間 :
11-2月 8:00-16:30 3月 8:00-17:00
4-9月 7:30-17:30 10月 7:30-17:00
料金 :
中学生以上 600円
小学生 300円
公式URL : 東大寺
東大寺を見学し終えたら、「春日大社」へ向かいます。
東大寺から春日大社までは、歩いて15分ほどかかります。
少し疲れてきたら、春日大社へ向かう途中にベンチがあるので、休憩しながら向かいましょう。
春日大社は、 全国に約1,000社ある「春日神社」の総本社で、燈籠(とうろう)の数が日本一多い神社なのだそう。
見どころはいくつかありますが、その一つが「参拝道」。
参拝道は春日大社の表玄関になっており、参道脇には重要文化財に指定されている約2,000基もの石灯籠(いしどうろう)が立ち並んでいて、その数に圧倒されることでしょう。
様々な絵柄や形をしているので、その違いを見ながら散策を楽しんでくださいね。
ここが春日大社の入り口です。
参拝道をしばらく歩くと入り口が見えてくるため、ここから中に入ります。
入館料を払い中に入ると、重要文化財の「藤浪之屋の万灯籠(ふじなみのやのまんどうろう)」が見えてきます。
江戸時代にできた万灯籠が1番多いと言われているのだとか。
藤浪之屋の万灯籠を見たら、「万燈籠」もぜひ見て帰りましょう。
一見すると見落としてしまい恐れがあるので、入り口でもらう地図を見て入るのをお忘れなく。
暖かい光に包まれており、まさに圧巻の一言!
万燈籠は建物の中にあるため、どの時間帯に行っても見られますよ。
また、2月の節分の日には「節分万燈籠」、8月14・15日には「中元万燈籠」が開催され、年2回全燈籠に入れる機会があります。
タイミングが合えば、この時に訪れてみるのも良いですね。
最後の出口付近には、重要文化財の「幣殿」があります。
幣殿も見どころの1つなので、お見逃しなく。
春日大社から近鉄奈良駅までは、歩くと30分くらいかかります。
歩き疲れている頃だと思いますので、最後はバスに乗って帰ることをおすすめします。
奈良交通バスで「春日大社本殿」からバスが出ているため、そちらに乗るのが良いでしょう。
住所 : 奈良市春日野町160
マップ: Googleマップ
アクセス : JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良交通バスで春日大社本殿行き「春日大社本殿」下車すぐ
電話番号 : 0742-22-7788
定休日 : 公式HP参照
営業時間 :
夏期(4月-9月)6:00-18:00
冬季(10月-3月)6:30-17:00
※本殿前特別参拝 8:30-16:00
料金 : 本殿前特別参拝 初穂料500円(国宝殿、萬葉植物園は別途入館料・各500円)
公式URL : 春日大社
奈良観光の定番はやはり、神社・仏閣巡りが中心になってくると思います。
今回は東大寺・法隆寺をはじめ春日大社、興福寺など主要なスポットを紹介させていただきました。
同時に奈良観光の目玉である「奈良公園」の説明もさせていただきました。
短時間での奈良観光を考えた場合、奈良公園周辺と法隆寺を巡るコースになると思います。
奈良定番コースは網羅したつもりなので、旅のお供に役立ててください。
もう少し時間が許すのなら、レンタサイクルを借りて飛鳥路を回ってみましょう。
豊かな自然の残る飛鳥路で、遥か1300年以上昔の風を感じながら、いにしえの栄華を辿ってみるのも楽しいかもしれません。
今回ご紹介した中で、南部の十津川村への観光は、今までの奈良の観光とは違う醍醐味を味わえること間違いないと思います。
交通が極めて不便な秘境を訪ね、冒険家になったつもりで大自然を満喫できるなんて…最高の贅沢かもしれません。
最後に、今回ご紹介できなかった場所にも、魅力的な奈良の観光地はたくさんあります。
貴方にとって「まほろばの地」奈良の観光が有意義なものになるようお祈りしています。
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最終更新日 : 2024/02/12
公開日 : 2017/04/11