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日本の名城33選!武士(もののふ)達の夢の跡、日本全国の城・城跡巡り





最近では男性ばかりでなく、若い女性の間でも歴史がブームになっています。
なかでも武将たちの居住空間であり、時には戦場にもなった「城」観光は絶大な人気があります。
中に入るのに数時間待ち、なんて城もあるほどです。

ここ数年の間に多くの有名な城が化粧直しを行い、新たな装いで観光客を出迎えてくれています。
しかし城観光の魅力は、壮大な天守が聳える城郭だけではありません。
石垣だけになってしまった城跡にも、遥か昔の・・・武将の息遣いが感じられるのです。

本記事を参考に、貴方お気に入りの城を探しに行きませんか?

【目次:全国のおすすめ名城33選】

 

1ページ目 :

 

城巡りの楽しさ

日本の城の変遷

城巡りがもっと楽しくなる、お城の基礎知識

城の形態

天守閣

曲輪(くるわ)

櫓(やぐら)

虎口(こぐち)

石垣

北海道・東北エリアのおすすめ名城1:松前城( 北海道 )

北海道・東北エリアのおすすめ名城2:五稜郭( 北海道 )

北海道・東北エリアのおすすめ名城3:弘前城( 青森 )

北海道・東北エリアのおすすめ名城4:仙台城( 宮城 )

北海道・東北エリアのおすすめ名城5:会津若松城( 福島 )

 

2ページ目 :

 

関東・甲信越エリアのおすすめ名城1:江戸城( 東京 )

関東・甲信越エリアのおすすめ名城2:八王子城( 東京 )

関東・甲信越エリアのおすすめ名城3:小田原城( 神奈川 )

関東・甲信越エリアのおすすめ名城4:春日山城( 新潟 )

関東・甲信越エリアのおすすめ名城5:上田城( 長野 )

関東・甲信越エリアのおすすめ名城6:松本城( 長野 )

東海・北陸エリアのおすすめ名城1:名古屋城( 愛知 )

東海・北陸エリアのおすすめ名城2:犬山城( 愛知 )

東海・北陸エリアのおすすめ名城3:岐阜城( 岐阜 )

東海・北陸エリアのおすすめ名城4:丸岡城( 福井 )

東海・北陸エリアのおすすめ名城5:金沢城( 石川 )

 

3ページ目 :

 

近畿エリアのおすすめ名城1:大坂城( 大阪 )

近畿エリアのおすすめ名城2:二条城( 京都 )

近畿エリアのおすすめ名城3:彦根城( 滋賀 )

近畿エリアのおすすめ名城4:安土城( 滋賀 )

近畿エリアのおすすめ名城5:姫路城( 兵庫 )

近畿エリアのおすすめ名城6:竹田城( 兵庫 )

中国・四国エリアのおすすめ名城1:岡山城( 岡山 )

中国・四国エリアのおすすめ名城2:備中松山城( 岡山 )

中国・四国エリアのおすすめ名城3:広島城( 広島 )

中国・四国エリアのおすすめ名城4:松江城( 島根 )

中国・四国エリアのおすすめ名城5:萩城( 山口 )

中国・四国エリアのおすすめ名城6:伊予・松山城( 愛媛 )

中国・四国エリアのおすすめ名城7:高知城( 高知 )

 

4ページ目 :

 

九州・沖縄エリアのおすすめ名城1:福岡城( 福岡 )

九州・沖縄エリアのおすすめ名城2:熊本城( 熊本 )

九州・沖縄エリアのおすすめ名城3:鹿児島城( 鹿児島 )

九州・沖縄エリアのおすすめ名城4:首里城( 沖縄 )

 

城巡りの楽しさ

 

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最近「城」をテーマとした観光記事が、新聞や週刊誌などで取り上げられることが増えてきました。

日本100名城のスタンプラリーも開催されています。

ところで、城を巡る楽しさってどこにあるのでしょうか?

 

一般的に日本で「城」と称される建造物のほとんどは、室町時代中期から江戸時代にかけて建築されたものです。

とりわけ戦国乱世の時代から安土桃山時代にかけて建築されたもの、改修されたものが目立ちます。

この時代は、数多くの攻防戦が繰り返され、様々な歴史模様を彩ってきました。

著名な武将が建築に携わっている城も少なくありません。

 

いざその場所に立ってみると、500年近くの時空を超えて、当時の息吹をダイレクトに感じとることができるのです。

かつて同じ場所で、同じ風を感じながら暮らし、戦ってきた記憶が蘇ってきます。

歴史上有名な武将たち が考えを張り巡らせ、どう行動したのかと思いにふけるのも贅沢なひと時です。

そんな醍醐味に浸ることのできること・・・城巡りの楽しみのひとつです。

 

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また石垣ひとつ見てみても、城ごとに特徴があります。

天守の型や漆喰の色、城内の配置もそれぞれ異なっています。

城の特徴を確認することも、楽しみのひとつです。

 

有名な城周辺は、市民の憩いの場になっていることが多く、花見や紅葉スポットになっています。

堀のある城ではコイが泳ぎ、気持ちが和らぎます。

高台にある城からは、市内を一望することもできますし、中には雲海を鑑賞できる場所もあります。

城だけでなく、周囲の景色も堪能できること・・・これも城巡りの楽しみのひとつです。

 

 


日本の城の変遷

 

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かつて日本国内には2万以上の城があったとされています。

中世までは、武士(戦闘員)のみが駐在しており、主君やその家族は別の場所に館を構えて生活していたようです。

戦国時代後期から外郭が築かれ、主君や家臣団だけでなく、町民も暮らす城下町が形成されるようになりました。

 

しかし江戸時代の慶長20年(1615年)に「一国一城令」が発布され、大名の住む城を除いてすべて棄却処分されてしまいました。

その後大名の転封や改易などに伴って数を減らしていき、幕末の頃には200近くにまで激減します。

 

明治維新後も受難は続き、明治6年の「廃城令」によって殆どの城が廃城棄却処分となってしまいました。

この時に棄却を免れた城も、その後の火災や戦災で焼失し、現在明治以前の天守が現存する城は12カ所のみとなっています。

(丸岡城、犬山城、松本城、彦根城、松江城、高梁城(備中松山城)、丸亀城、姫路城、松山城、高知城、宇和島城、弘前城)

 

戦後になって戦災等で焼失した城郭の復元作業が開始され、名古屋城ほか多くの名城が復活しました。

現在も市民の要望などもあり、多くの城郭で復興作業が行われています。

姫路城、会津若松城、小田原城などで城壁の改修が行われ、より当時の様式に近づいたことも記憶に新しいところです。

 

 

城巡りがもっと楽しくなる、お城の基礎知識

 

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城を紹介するガイドブックやパンフレットの解説には、よほど歴史に精通していないと理解できない専門用語が使われていたりします。

ここでは、比較的使われる頻度が高い「お城用語」と、城の基礎知識を解説したいと思います。

 

城の形態

 

一般的な城形態の区分としては、下記の3種類に分けられます。

 

1.山城

 

 

最も初期に登場した形態で、険阻な山を利用して築かれた城のことです。

山は敵からの防御には有利である半面、住むにはとても不便な場所でした。

そのため山城はあくまでも防御施設であり、実際の居住は麓に館を構えていたようです。

他の形態の城と比較すると、規模は小さい傾向にあります。

 

代表的な山城:竹田城(兵庫) 春日山城(新潟) 冨田月山城(島根)など

 

2.平城

 

 

平地に築かれた城です。

戦国時代後期からは、軍事的な役割より政治・経済的な役割の方が重視されるようになりました。

そのため、不便な山岳より交通・商業流通に便利な平地に拠点を設けた方が都合がよかったのです。

海や湖、川に隣接して築城された城(水城)のほとんども、この平城に含まれます。

 

代表的な平城:名古屋城(愛知) 駿府城(静岡) 二条城(京都) 広島城(広島)など

 

3.平山城

 

 

平地のなかにある低い山や、丘陵に築城された城です。

国内の城郭では最も多い形態であり、防御的な機能と政庁機能を併せ持っていました。

平城と比べて高い場所に位置していますので、城の防御にも有利で、領内の展望に恵まれている利点があります。

あとでご説明しますが、曲輪(くるわ)を設置しているのも平山城の大きな特徴です。

 

代表的な平山城:江戸城(東京) 大坂城(大阪) 姫路城(兵庫) 熊本城(熊本)など

 

天守閣

 

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城のシンボルである天守閣(天守)、実は最初から設置されなかった城も多いのです。

天守閣は、城主が住んでいた場所とのイメージが強いのですが、居住空間として使用されることはほとんどありませんでした。

では、天守の本当の役割は何だったのでしょうか?

 

天守は、城内や遠方を見渡すための展望塔の役割を持っていました。

普段は物置として利用されることも多かったようです。

織田信長や豊臣秀吉の時代には、富と権力の象徴として盛んに造られましたが、徳川の世になると大幅に減少しました。

城主は本丸御殿などで居住・政務しており、物見の役割は「物見櫓」などで代用できるため、膨大な金額や労力を使ってまで天守を造る必要はなかったのです。

 

江戸城の天守も明暦3年(1657年)に発生した「明暦の大火」により焼失以来再建されませんでした。

また金沢城(石川)や水戸城(茨城)、鶴丸城(鹿児島)も天守はありませんでした。

それでも天守は城のシンボル、明治から現在に至るまで多くの城で再建されています。

 

それでは現存する城の天守閣について説明したいと思います。

 

1.現存天守

 

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Photo credit: tiseb via Visual Hunt / CC BY

 

明治維新より前に造られた天守で、先にご紹介した12城が存在します。

そのうち姫路城(兵庫)、松本城(長野)、彦根城(滋賀)、犬山城(愛知)、松江城(島根)の5城は国宝に、残りの7城は重要文化財に指定されています。

姫路城はユネスコ世界遺産の指定も受けています。

 

2.復元天守

 

 

明治維新以後に再建された天守で、建築場所や外観をそのまま踏襲したものを指します。

木造で忠実に再現されたもの以外に、鉄筋コンクリートにて外観だけを再建した城も含みます。

再建とはいえ、築城当時の面影を残しているのが特徴です。

 

代表的な復元天守を持つ城:掛川城(静岡) 名古屋城(愛知) 大洲城(愛媛)など

 

3.復興天守

 

 

復元天守と似ていますが、再現された天守が本来あった場所と違っていたり、外観が異なっているものを指します。

建築当時の史料が足りなかったために、推定で建造されてしまったなど様々な要因があります。

 

代表的な復興天守を持つ城:岐阜城(岐阜) 浜松城(静岡)など

 

4.模擬天守

 

 

 

もともと天守が設けられなかった城か、天守があったかどうか不明な城に再現された天守を指します。

過去に天守は実在しましたが、事情により全く別の場所に再建された場合も含みます。

むろん史料がないため、他の城を手本として再現されたケースが多く見受けられます。

 

代表的な模擬天守を持つ城:富山城(富山) 郡上八幡城(岐阜) 清州城(愛知) 伏見城(京都)など

 

曲輪(くるわ)

 

 

難しい言葉ですが、曲輪とは城内において石垣や土塁などで区画された場所のことです。

城を紹介する場合に、「本丸跡」「二の丸跡」などの表記がされることがありますが、これが曲輪です。

 

本丸とは、城の最も中核となる場所のことであり、天守が築かれたり、「本丸御殿」を設置して城主の政務や居住場所になっていました。

以下、重要度に従って「二の丸」「三の丸」と続きます。

 

こうした曲輪が城内に多数設置された理由は、敵からの攻撃に対して本丸を守るまでの砦の役目を果たしたためといわれています。

抗戦時に臨時に造られるケース(出丸という)もあり、真田幸村が大坂城に築いた「真田丸」は代表的な例です。

 

 

なお築城するにあたって、曲輪の配置などを設計することを「縄張」と表現します。

 

櫓(やぐら)

 

 

 

城の構造物として目にする機会が多いのが、この櫓です。

天守が現存していない城でも、立派な櫓が残っているケースが多くあります。

 

櫓の目的は本来、攻め込んできた敵を攻撃したり、周囲を監視する「物見」のためでした。

やがて城内に時間を知られる役目(太鼓櫓・鐘櫓)や、月見をする場所(月見櫓)など様々な用途にも利用されるになりました。

江戸時代には、天守の代用として立派な櫓が建造することも多かったようです。

その形状によって、「三重櫓」「平櫓」「多聞櫓(たもんやぐら)」などの表現がされています。

 

虎口(こぐち)

 

 

城の出入り口は虎口とよばれます。

正面の虎口は「大手門」、裏側の虎口は「搦手(からめて)門」と通称しています。

 

 

 

 

堀を造る目的は、いうまでもなく敵の城内への侵入をふせぐためです。

堀の種類は「水堀」と「空堀」に大別されます。

山城の場合は水の貯蔵が困難なため、土壌を深く掘りこんだ「空堀」を設置していました。

水堀に架かる橋は、多数の敵が侵入することを防ぐために、通常幅が狭く設計されています。

 

石垣

 

 

 

城跡のなかには石垣だけしか現存していない場所も多く存在します。

それだけでも往時の繁栄を感じ取ることができて、城巡りの楽しみのひとつとなっています。

 

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石垣は、城の防御や建物の土台の役目を果たします。

より高く積み、急勾配であるほど防御能力は強大になります。

近代的な石垣は近江・観音山城が最初とされますが、本格的に普及を始めたのは、織田信長の安土城だとされています。

このとき信長にスカウトされた石工集団・穴太衆(あのうしゅう)は、豊臣秀吉の時代から江戸初期にかけて多くの城の石垣造りに携わってきました。

 

 

石垣の石の中には、どうやって移動したのか不思議なほどの巨大なものもあり、当時の土木技術の高さが伺えます。

また石の代わりに土砂を用いたものは「土塁」といわれて関東の城に多く見られます。

 

 

城についての基本的な知識を理解していただけたと思います。

これだけ押さえておけば、貴方の城巡りの楽しさは倍増すること間違いなしです。

それでは早速、全国の名城への旅に誘いましょう!

武将たちの夢の跡・・・たっぷり堪能してください。

 

 


北海道・東北エリアのおすすめ名城1:松前城( 北海道

 

 

 

明治時代になって本格的な開拓が行われるまで、北海道が日本の歴史上に登場することは滅多にありません。

蝦夷地とよばれ、そのほとんどの地域がアイヌ居住地であり、中央権力が及ばない場所でした。

そのなかで唯一、南部・渡島半島を拠点として蝦夷地を支配していたのが「松前藩」です。

 

松前藩とは

 

松前藩は、室町時代に下北半島から蝦夷地に渡ったと考えられる蠣崎(かきざき)氏をルーツとします。

戦国期の当主・蠣崎季広(1507-1595)は、その政治力によって現地での戦国大名としての地位を不動のものにしました。

季広の子・蠣崎慶広(1548-1616)は天下を平定した豊臣秀吉や徳川家康に接近し、本領を安堵することに成功します。

そして姓名を松前慶広と改め、松前藩の基礎を築いたのです。

 

松前藩の経済基盤は、アイヌとの交易が中心となっていました。

家格は1万石の大名、幕末には3万石の加増されて藩主・松前 崇広は老中に就任しています。

 

松前城の歴史

 

 

松前城は我が国で最後段階に築城された日本式城郭のひとつであると同時に、北海道内でも唯一の日本式城郭です。

嘉永2年(1849年)に、ロシアからの侵攻に備えて藩主・松前 崇広によって築城されました。

3重の天守を持ち、砲台を備えるなど本格的な城郭だったと伝わります。

しかし明治元年(1868年)の箱館戦争の折り、旧幕府軍の土方歳三率いる700名の攻撃を受け、わずか数時間で落城の憂き目に遭ってしまいます。

 

明治になって、天守など本丸施設を除く建造物のほとんどが取り壊しになりましたが、残った本丸周辺施設は昭和16年(1941年)に国宝に指定されました。

ところが、昭和24年(1949年)に火災が発生して天守が焼失してしまいます。

現在の天守は昭和36年(1961年)に再建されたものです。

 

松前城の見どころ

 

 

再建された天守の内部は資料館となっており、松前藩およびアイヌ民族の貴重な資料が展示されています。

本丸御殿跡は、国の重要文化財に指定されています。

また松前城一帯は桜の名所としても有名です。

 

松前城の観光情報

 

名称 : 松前城(福山城)

城郭構造:平山城

築城年:1849年

築城主:松前 崇広

主な城主:松前氏

住所 : 北海道松前郡松前町松城144

アクセス :

JR函館駅から江差線で木古内駅にて乗換函館バス「松前行き」で約90分
松城バス停下車、徒歩10分

電話番号 : 0139-42-2216

定休日 : 12月11日-4月9日

営業時間 : 4月10日-12月10日 9:00-17:00(16:30まで入場)

料金 : 大人 360円 小中学生 240円

 

 

北海道・東北エリアのおすすめ名城2:五稜郭( 北海道

 

 

 

函館市最大の観光スポットである五稜郭は、国内では珍しい西洋式の城郭です。

五芒星型の美しい城郭は、隣接する五稜郭タワーから全貌を確認することができます。

また箱館戦争の舞台としても大変有名な城です。

 

五稜郭の歴史と箱館戦争

 

 

五稜郭は江戸幕末の慶応2年(1866年)に、当時の江戸幕府によって築城されました。

安政元年(1853年)の日米和親条約締結によって、箱館(函館)が開港されると、当地に箱館奉行所を設置しました。

やがて諸外国の脅威に直面した幕府は、蝦夷地の防衛力強化のため箱館奉行所の移転を決め、移転先の防御のため五稜郭を築城したのです。

 

この五稜郭設計に尽力したのが蘭学者・武田斐三郎、当時箱館に駐留していたフランス軍の助言を得ながら、ヨーロッパ式の城郭を設計したのです。

しかしわずか4年後に江戸幕府は崩壊し、五稜郭の任務は終わってしまいました。

 

大政奉還(1868年)のあと、五稜郭は新政府によって設置された「箱館府」の政庁とて使用されます。

ところが、幕臣・榎本武揚率いる旧幕府軍が箱館に上陸、五稜郭を占領してしまったのです。

榎本の狙いは、蝦夷地に貧窮した旧幕臣を移住させて、開拓および北方警備に当たらせようとするものでした。

榎本は五稜郭に政庁を置いて「蝦夷共和国」樹立を宣言、総裁に就任しました。

 

やがて北上してきた新政府軍との間に戦闘が始まります。

これが、長く続いた戊辰戦争の最終章となった箱館戦争です。

皮肉なことに五稜郭は、日本人同士の戦場となってしまいました。

数に劣る榎本軍は苦戦のすえ降伏、半年の戦闘で箱館戦争は集結したのでした。

 

五稜郭の見どころ

 

 

 

五稜郭一帯は「五稜郭公園」として整備され、函館市民の憩いの場となっています。

毎年4月下旬には園内のソメイヨシノが満開になる花見の名所でもあります。

隣接する五稜郭タワーは高さ107メートル、五稜郭の全貌のほか函館山や津軽海峡の展望が楽しめます。

 

五稜郭の観光情報

 

名称 : 五稜郭公園

城郭構造:稜堡式

築城年:1866年

築城主:徳川幕府

住所 : 北海道函館市五稜郭町44

アクセス : 函館駅からバスで20分

電話番号 :0138-51-4785(五稜郭タワー)

営業時間 :9:00-18:00(時期により変動あり:五稜郭タワー)

料金 :大人 900円 中高生 680円 小学生 450円(五稜郭タワー)

 

 


北海道・東北エリアのおすすめ名城3:弘前城( 青森

 

 

 

弘前城は、桜の名所として全国的に有名な場所です。

「現存12天守」の最北端の城であり、城内には「二の丸辰巳櫓」や「二の丸東門」など多くの重要文化財が残されています。

石垣や土塁、堀はほぼ原形のまま現存されている貴重な場所です。

 

津軽藩と弘前城

 

 

弘前城は江戸期、津軽藩4万7千石の居城だったところです。

津軽藩の藩祖・津軽為信(1550-1608)は、元の名を大浦為信といって東北の名門・南部家の家臣筋でした。

天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原出陣に際して、主家である南部家に先駆けて秀吉に臣従し、津軽支配のお墨付きを得ます。

事実上南部家から独立し、津軽地方の大名としての地位を得たわけです。

 

このとき旧姓である大浦から津軽へ改姓しています。

為信は関ケ原合戦では、徳川家康に味方して、津軽藩の基礎を築きました。

しかし為信の一連の行動は、主家であった南部家からすれば、許しがたい裏切り行為として映ったのです。

 

弘前城は慶長3年(1603年)に築城が開始され、2代藩主・為枚の時代の慶長16年(1611年)に完成します。

当時、鷹岡城とよばれていましたが、為枚が帰依していた幕府顧問の僧・天海により弘前城に改称しています。

 

初期天守の焼失と「阿保良の姉」の祟り

 

 

現存する弘前城の天守は、厳密には天守ではなく櫓(御三階櫓)として扱われていました。

文化8年(1810年)に再建された際に、幕府への配慮から櫓の改修として届けられたのです。

 

この現存天守(3重3階)の前に存在した初期天守は、もっと大きく5重6階もあったといわれています。

寛永4年(1627年)、突然落雷があり、天守内部に貯蔵してあった火薬庫に引火、天守ほか本丸御殿や櫓を焼失してしまいました。

その後再建されるまで200.年近く、弘前城は天守のない状態が続いたのです。

 

この落雷は、藩祖・津軽為信の正室、阿保良の姉の祟りであると噂されました。

阿保良の姉の夫は南部家の一族であり、為信が南部家を裏切った際に離縁させられ、のち為信によって殺害されたといわれています。

失意のなか没した阿保良の姉の怨霊が、紅蓮の炎のなかに現れて恨みのことばを述べたということです・・・。

 

弘前城の見どころ

 

 

 

弘前城を中心とした一帯は、現在「弘前公園」として整備されて弘前市民の憩いの場となっています。

春の桜まつりのほか、夏の「ねぷたまつり」、秋の「菊と紅葉まつり」などイベントが多数開催されています。

 

弘前城は現存天守のほか、多くの重要文化財など見どころが豊富にあります。

周辺にある「長勝寺構」と「新寺町」の2つの寺町、仲町の武家屋敷散策はとても情緒があっておすすめです。

 

弘前城の観光情報

 

名称 : 弘前城

城郭構造:梯郭式平山城

築城年 :1611年

築城主:津軽為信・為枚

主な城主:津軽氏

住所 : 青森県弘前市下白銀町1

アクセス : JR弘前駅より弘南バス市役所方面行15分、市役所前公園入口より徒歩5分

電話番号 : 0172-33-8739(弘前市役所・公園緑地課)

定休日 : 11月24日-3月31日

営業時間 :

4月1日-11月23日 9:00-17:00
※さくらまつり期間中 7:00-21:00

料金 : 大人 310円 小人 100円

 

 

北海道・東北エリアのおすすめ名城4:仙台城( 宮城

 

 

 

「青葉城」とも称され、かつて歌の題名にもなった仙台城。

独眼龍・伊達政宗が築いた天下の名城は、今やかつての面影はありません。

石垣と復元された櫓が残っているだけです。

しかし、この城跡から往時の繁栄を偲ぶことができます。

 

大都市・仙台の礎と仙台城

 

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東北地方最大の都市であり、日本でも有数の大都市である 仙台

伊達政宗(1567-1636)が、この地を仙台藩62万石の政庁と定めたのが、都市形成のはじまりとなっています。

政宗は、海が近く平野が広がり、奥州街道の通過点である仙台を、将来性のある街であると考えて遷都したといわれます。

今の仙台市の繁栄をみると、伊達政宗の先見の明に驚かされます。

 

仙台城は、慶長5年(1601年)に青葉山に築城されました。

標高は最も高い場所で131m、東側は広瀬川に落下する64mの断崖、南側は80mの竜ノ口峡谷と、まさに天然の要害でした。

家康に配慮した政宗は、仙台城には天守を築きませんでした。

その代わり「千畳敷」といわれる広大かつ豪華絢爛な大広間を造って、城の中心にしたといわれています。

 

仙台城は、明治維新を迎えるまで仙台藩の拠点としての役目を果たしてきました。

残念ながら明治から大正にかけて大半を失い、残っていた遺構も仙台大空襲によって米軍機に焼かれてしまい、石垣を除くすべての遺構を失ってしまいました。

昭和39年(1964年)に大手門脇櫓が復元されていますが、この櫓が江戸時代の姿を示す唯一の建造物となっています。

 

仙台城の見どころ

 

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仙台城跡は「青葉山公園」として整備されています。

仙台市の「緑の名所100選」に選定される自然豊かな場所です。

眼下に見下ろす市内の展望は素晴らしく、特に夜景はおすすめです。

また政宗公の「騎馬像」は必見スポットです。

 

仙台城址の観光情報

 

名称 : 仙台城址(青菜山公園)

城郭構造:連郭式平山城

築城年:1601年

築城主:伊達政宗

主な城主:伊達氏

住所 : 宮城県仙台市青葉区川内

アクセス :

(1)地下鉄東西線仙台駅から列車で5分(国際センター駅下車後、徒歩15分)
(2)東北自動車道仙台宮城ICから車で15分
(3)仙台駅からバスで25分(るーぷる仙台「博物館・国際センター前」または「仙台城跡」下車)

 

 


北海道・東北エリアのおすすめ名城5:会津若松城( 福島

 

 

 

福島県会津若松市のシンボル・会津若松城は白亜の城郭が美しい名城です。

また戊辰戦争の悲劇を今に伝える、悲しい歴史を持った城です。

「会津鶴ヶ城」の名でも知られています。

 

東北の要衝~戊辰戦争・白虎隊の悲劇へ

 

 

戦国時代に伊達政宗が名門・蘆名氏を滅ぼして以来、会津の地は東北の要衝として有力大名に支配されてきました。

伊達政宗、蒲生氏郷、上杉景勝・・・いかにこの地が重要視されてきたの理解できます。

 

会津藩が徳川親藩によって統治されるのは、寛永20年(1643年)将軍家光の異母弟・保科正之が入封してからのことです。

以来会津松平家(保科氏から改姓)は、家訓15ヶ条を定め、徳川幕府第一の立場を貫くことになります。

幕末を迎え、当主・松平 容保(まつだいら かたもり)は京都守護職に就任します。

幕府方の中核として尊皇攘夷派の排除を徹底的に行った会津藩は、のちの新政府から恨みを買い、戊辰戦争の悲劇を生むことになってしまったのです。

 

大政奉還による江戸城の無血開城後、新政府の矛先は会津藩に向けられます。

東北諸藩の会津赦免の嘆願は無視され、会津の街は戦火に包まれてしまいました。

 

白河口~二本松~母成峠と戦線は続き、遂に会津若松城は落城、会津藩は降伏するに至ったのでした。

城下での火災を、若松城炎上と間違えて飯盛山で自刃した白虎隊の悲劇は、後世まで長く伝えられることになります。

この戦による新政府軍の乱暴狼藉は、現在にいたるまで会津の地に深い禍根を残してしまいました。

 

会津若松城の見どころ

 

 

昭和40年(1965年)に再建された天守は、郷土博物館となっており、若松城の歴史や幕末の動乱を知ることができます。

5層の天守展望台からは、会津市内を眺望できます。

また平成23年(2011年)に幕末時代の赤瓦が再現されました。

 

周辺には松平家の庭園だった「御薬園」や重要文化財「さざえ堂」、白虎隊自刃の地「飯盛山」など観光スポットが満載です。

 

会津若松城の観光情報

 

名称 : 会津若松城(鶴ヶ城)

城郭構造:梯郭式平山城

築城年:1384年

築城主:蘆名直盛

主な城主:伊達政宗 上杉景勝 蒲生氏郷 保科正之

住所 : 福島県会津若松市追手町1-1

アクセス :

会津若松駅からバス・ハイカラさん・あかべぇ「鶴ヶ城入口」下車、徒歩5分
磐越自動車道:会津若松ICより約15分

電話番号 : 0242-27-4005 (会津若松観光ビューロー)

営業時間 :8:30-17:00

料金 : 大人 410円 小中学生 150円


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